ボタ山あたりから少し先に進むと、崩れかけたような丸木橋がある。ここを渡って30分程山を上ると向山(むかいやま)鉱山跡にたどり着く。 向山鉱山は主に銅を産出した。その他、少量の金銀鉛硫化鉄も産出された。昭和33年6月1日現在の大阪通産局管内鉱区一覧には、鉱業権者 垂井平四郎(東京都千代田区)の名が記されている。
(2001年11月18日撮影)
(2001年11月18日撮影)
(2001年11月18日撮影)
(2001年11月18日撮影)
(2001年11月18日撮影)
水が流れ落ちるように造られている。その先は谷川になっていて、「渋川」と呼ばれている。
産出される銅のため川の水が茶色に濁り、そのような名称になったそうで、下流の村では稲作などにその影響があったという。
周辺に欠けた茶碗や皿、「雲丹」と記名された小びんなどが放置されていた(2001年11月18日撮影)
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