第二豊州炭坑  福岡県田川郡香春町中津原

  第二豊州炭坑、代表者 上田尊之助、月間出炭量1万2千トン、労務者350人(昭和46年6月現在福岡通産省編 九州管内炭鉱名簿より)。昭和47年7月25日閉山。現在、第二豊州炭坑跡地は、陸上競技場や野球場、プール、テニスコートなどを備えた総合運動公園となっている。

第二豊州炭坑(昭和47年8月8日撮影)

第二豊州炭坑(昭和47年8月8日撮影)

第二豊州炭坑(昭和45年11月22日撮影)

 

香春岳(昭和45年11月15日撮影)

 香春町のシンボルとなっている「香春岳」は、むき出しの石灰の岩肌が特徴で、五木寛之原作の映画 「青春の門」で一躍有名になった。一の岳・二の岳・三の岳から成り、「香春岳三山」と称され、一の岳はセメント産業の隆盛とと もに姿を変えてきた。
 明治16年、民間企業として日本で最初にセメントの製造・販売を始めたセメント会社が、香春町で操業を始めたのは昭和10年。掘 り出された石灰石は、セメントに加工され、国内はもとより世界各国に送られていった。
 また、香春町は、明治以降石炭の町として栄えたが、石炭産業の衰退とともに、香春岳の石灰石を主原料とするセメント産業の 町へと転換していった地域でもある。

元炭鉱労働者の中村さん(故人)

 写真提供者。筑豊の炭鉱が閉山後、滋賀県水口町へ移った。玄関には石炭が飾られていた。他にも、長崎の端島炭鉱(通称・軍艦島)から同所へ移った人もいる。

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