日本炭鉱社宅跡  福岡県北九州市八幡西区三川頭一丁目 (1999年6月28日撮影)


 日本炭鉱は資本金10億円、従業員4885人。三井三池炭鉱に次ぐ九州第2の大手炭鉱だった。 古くから北九州市若松区、八幡区に鉱区があり、採炭が続けられていたが、昭和40年2月縮小計画が検討されるようになり、 その後閉山となった。

 写真はその炭住街だった所。現在は新興住宅街となっている。その一角に当時の診療所だった家屋が一般民家として残っ ていた。同所前は現在大通りとなっているが、かつては炭鉱電車が走る鉄道であったという。

 ここへ案内してくれたのが宮崎市にお住まいの岩本さん。「ここが私のふるさと。この住宅街の中に私が生まれ育った炭 住があった。」という。その岩本さんも2005年12月14日に亡くなった。まだ59歳だった。このページを岩本さんに捧げる。

炭鉱があった頃の旧診療所

 

炭鉱があった頃の旧診療所

 

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