大谷鉱山 その5  京都府亀岡市ひえ田野町鹿谷 (2005年1月8日撮影)

 

大谷鉱山 坑廃水処理場

 日本国はかつて有数の鉱山国であった。それだけに閉山後も坑内や堆積場から時には酸性が強く 重金属を含む坑廃水が排出されることがあり、河川の水質汚濁や農業用地の土壌汚染を惹起するという鉱山特有の問題が残った。  その鉱害防止対策としては大きく分けてふたとおりある。ひとつは、坑内や廃滓からの酸性水を抑制する発生源対策であり、 もうひとつは、その発生源対策によっても流れ出る酸性水を中和等で処理する坑廃水処理である。
 前者には、坑口を塞ぐ坑道閉鎖法、地熱発電の還元井のように坑水を地下に還元する地下浸透法、雨水等が坑内に浸透するの を防ぐ外部遮断法、及び地上部分の採掘跡や廃滓を覆う覆土植栽法等がある。後者では、酸性廃水を中和し重金属共々除去する 中和沈澱処理方式が主流である。(金属鉱業事業団HP「カレント・トピックス」等、参照)

鉱山住宅跡地

 「大谷鉱山 坑廃水処理場」を過ぎて間もなくすると鉱山住宅跡地が広がる。
 ここを歩いていた男性に「これらは鉱山の社宅跡でしょう?」と声を掛けると、男性は「よくそれがわかりましたねえ」と驚いた顔をした。「自分も子供の頃九州のこういった社宅に住んでいたから、なんとなくそのような気がしたのですよ。」というと、男性は親しげな顔になり、「私はこの社宅で生まれ育ったが、父親は岡山県の出身だった。私は現在65歳になりこうしてブラブラしているが、それまでは大谷鉱山で竪坑巻揚げ機などの機械操作をしていた。社宅はこの一帯にあったほか、左側向こうに建ち並ぶ白っぽい家々がある場所にも社宅があった所で、山の中腹にも少し社宅があった。ボロ家になってしまったが、私は今も昔のままの旧社宅に住んでいる。」などと説明してくれた。「家に行っていいですか?」と頼んだら、「家内に怒られるので駄目」と言われた。

坑口

 先の社宅跡からすぐの所にある坑口跡。その横に建立されている観音像は、現在鉱山跡地を所有する墓石石材加工販売業の株式会社亘徳(こうとく)が寄贈したという。
 ここへ案内してくれた先の男性は、「閉山後、私は一旦外へ働きに出たが、身体を悪くして帰ってきた。昔、仲がよかった同僚が落盤事故で死んだ。それが最近よく夢の中に出てくるので、散歩を兼ねて毎日ここへ線香をあげにきている。」と語った。

坑口

 閉じられた坑口を隙間からのぞく。坑口からはきれいな水が流れ出ていた。「昔は飲み水として使用していたが、カドミウム等が検出されて問題になってから水道水を使うようになった。」と、先の男性が教えてくれた。

 ボタを積んだトロッコは坑口を出て、写真左側の空き地へ進み、「その先の谷間にボタを捨てていた」 という。

旧ボタ捨て場

 丘の上から谷間に捨てられたボタが広い台地を形成し、その空き地はいま現会社の資材置場になっている。
 坑口跡はその他、釜j徳亀岡工場の敷地内と、山の中にもあるが、かなりの藪の中にあり人が入れる状態ではないという。

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