古河鉱業大峰炭鉱 福岡県田川郡添田町(2002年7月29日撮影)


 通称「日向」墓地から車で数分の所に古河鉱業大峰炭鉱の関連施設跡がある。 選炭場跡などのコンクリート土台が残っている。

 昭和19年3月13日、古河大峰炭鉱において朝鮮人坑夫虐殺事件が発生している。

 「福岡県田川郡川崎町所在 古河鉱業所大峰炭鉱第二坑にて、3月13日午前6時、同坑指導員5名が、移入朝鮮人労務者 の入坑前の検身に際し、窃盗及逃走容疑ある李○○(35年)を発見、詰所に連行殴打し、遂に同人は同日午後1時30分死亡せり」 (「特高月報」より)。
 殴り殺された朝鮮人坑夫の死は、たちまちに朝鮮人坑夫たちの間に広がっていった。彼らは寮から飛び出し、労務詰所に押しかけ、 指導員を袋叩きにした。寮の窓ガラスや板塀は破壊され、「ウワーッ、ウワーッ」という喚声は本事務所の方へ近づいていった。川崎町 と添田町一帯はその興奮した朝鮮人坑夫たちで異様な空気に包まれた。
 暴動事件後、十数名の会社労務関係者が逮捕された。その中で、日本人労務員3名と、朝鮮人指導員2名が起訴され裁判と なった。朝鮮人坑夫を殺して裁判になったのは筑豊の炭鉱では初めてのことだった。
 その後、日本人労務員1名は執行猶予で1年7ヶ月ぶりに川崎町へ帰ってきたが、朝鮮人指導員2名は朝鮮へ帰国した。しかし2人 は帰国後、古河大峰炭鉱にいた同胞から殺されたという。(林えいだい著「強制連行、強制労働」参照)

 古河鉱業は昭和45年、石炭部門から撤退。平成元年、社名を「古河鉱業株式会社」から「古河機械金属株式会社」に変更した。 古河鉱業は明治10年経営を開始した足尾銅山(栃木県)ででも有名である。

写真の右端が町道であり、豊前川崎駅までの引き込み線が走っていた。

 

 

 

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