弥栄鉱山  滋賀県甲賀郡土山町大河原


 国民宿舎かもしか荘前から鈴鹿スカイライン(国道477号)を三重県方面へ車で約10分進行した あたりに水沢岳登山口や宮指路(くしろ)岳登山口へ至る案内標識がある。そこから山道へ入り車で数分の所に最近設置され たと思われる進入禁止を表示したゲートに突き当たる。
 ここへ車を停め徒歩で約30分奥へ進むと、分岐地点にさしかかるので、これを右へ猪足谷方面に進む。ちなみに逆の左へ進 むと水沢峠へ行く。
 まもなくすると、谷を渡る宮小屋橋という小さな橋がある。これを渡るとすぐ右へ入る道があり、弥栄鉱山跡のコンクリー ト残骸が最初に目につく。

 弥栄(やえい)鉱山は中品位のマンガン鉱石を産出。身近なところでは電池の材料にもなっていた。
 弥栄鉱山の歴史は古い。大正15年刊行の「甲賀郡史」に「大河原村字金山よりマンガンを産出し今なお継続して採掘に従事 す」と書き記されている。昭和9年の大阪鉱山監督局管内鉱区一覧によると、当時の鉱業権者は弥栄鉱業株式会社となっている。 そして、昭和20年代後半、中央電気鉱業株式会社が休山中であった弥栄鉱山の再開発を計画。昭和31年4月から採掘を開始。同 43年6月、安価な海外鉱石の輸入政策によりやむなく閉山。その後、松下電池工業系列の辻中鉱業がこれを引き継いだが長続き せず間もなく操業を中止、以来廃坑となっている。
 なお、坑道は、旭一番坑・旭二番坑・巴坑など4本あるという。
 (中島伸男著「近江鈴鹿の鉱山の歴史」参照)


(2001年9月20日撮影)

(2001年9月20日撮影)

(2001年9月20日撮影)

(2001年9月20日撮影)

(2001年9月20日撮影)

(2001年9月20日撮影)

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