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政治討論会 掲示板

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全60311件 【No.2617-2518】 / 最新100件 / ↑100件 / 100件↓

No.2617 (2016/01/03 11:43:58 (JST))  
[新年いかがおすごしでしょうか?]
 。「今年も「篤」を持って誠意一念に「平和」を願いましょう」  URL:

まことの今年の正月は暖かく天気も良いので気持ちの良い年明けになりましたね。ずーっとこの調子が保てたら未来永劫気持ちの良い日々を送れるのにと思います。この、「気持ちのいい気分」こそ平和な気分なのではないでしょうか?ドイツでは元旦から「すわテロか?」と思うような誤報が入ってきました。勘違いだったようです。戦前にはこの「勘違いで対抗意識を持ち紛争拡大」したのが世界大戦でした。その心は、相手を信じない、というものです。今年の課題は「いかに相手を人事られるか」ではないでしょうか。ドイツでは「すぐにテロではない」と否定しました。この処置は冷静で相手を信じる心ではないでしょうか?その前に、相手が信じられる態度をとっているから信じるのか、自分がひたすら相手を信じようとしているのか、そのどちらでもない情報を検証してのことかという、心と科学のどちらが信じられるかという事にも及ぶでしょう。心の動きは不安定なものです。科学的根拠と相手の道徳的な動きを同時に検証する「客観的判断」が自分の心を中心に考える「主観的判断」よりも情報としては正確で、間違った判断をしないための処置をとれるのではないでしょうか?戦後、昭和天皇もそのような反省をされていました。当時の軍部には「主観的判断」しかなく、政治は「判断を避けていた」というまさに、自分の心を中心にした判断ばかりだったのでしょう。われわれが、人を信じられるか信じられないかを判断するときに
「その人がやって来た事」と「先祖がやってきた事」を比べたり、「相手の今やっている事が自分のためか他のためか」で判断します。自分のためばかりの人は信用できません。他のためにやっていれば自分にもかえってくる」というのが「情けは人のためならず」ということでしょう。「徳」という字は「十四人の人の心を救うために行う事」という字ですが、全く違う考えの国の心を救う事にもなるので、「徳の人」にはそうたやすくなれません。昔、行基という和尚さんが、橋の無い川があって対岸に渡れない住民の不便を考え、自らの体力と知恵を振り絞って橋を架けました。今の様に金があればかけられる時代ではなかったのですが、賛同する人らの力も借りて成し遂げたのです。そういう「大勢の人が困っている事を助ける」ということも「大きな徳」の力でしょう。「とく」にはほかに「篤」という字もあります。これは、竹を背負った馬でも「篤」を成しているという事なのです。この馬が運んだ竹が、家の防風柵になって人家を助けるからです。一人一人が多くの「篤」を成せば、これが本当の「徳人」という事でしょう。そして、「篤」がなせない人は、「人に困りごとを押し付けない」ということも「篤」になるのではないでしょうか?今年「元旦を祝えない人が世界にたくさん出ました」おせち料理を食べる時に、つい、その人たちの事を思って、今の暮らしが「ありがたい事」とおもうのです。そして、何かにに付けてそういう経済難民や紛争難民や政策難民の人の事を「思う心」こそ「篤」の人なのです。この心を忘れないようにしたら、紛争なんか避けられないでしょう。「今年も「篤」を持って誠意一念に「平和」を願いましょう」


No.2616 (2016/01/01 00:40:55 (JST))  
[新年が何事も無く静かで平和でありますように]
 「平和は願えば叶う」  URL:

去年は、国際的にはひどい年だった。世界中に戦争が勃発しそうな気配であった。戦争を鼓舞するものまで出てきて、どうなることかと不安であったが、世界中の「平和を願う国民」の皆さんの思いは、戦争を仕切る人らの心に届いたという事であろう。従って、「他は信じられる」ということも得た貴重な年であった。「平和は願えば叶う」のだ!「平和は願わなければ叶わない」から、「声を上げることが大事である」そして、「平和」のために立ち上がることが大事である。「平和のために何かする」ことが、「信用」という大きな「善益」を産む。このサイトは、海外検索サイトが調べた結果「28万コールもあったという。世界平和連合国民の皆さんからも賛同を得ているということである。自分たちがしている「平和の願い」を信じていいのだ。結果「アジアは戦闘地域にならなかった。」平和な新年を迎えて、本当にしみじみと「平和」をありがたいなあと感じるのである。今後も「平和」を壊すような気配があったら、声を上げて抗議していかなければならない。体制を重んじる傾向のある「我々は弱い人間でもある」から、その弱い心を「平和を願う心を立ち上げて、強くなろう。」「平和でなければ「人間の自由を奪われてしまう」からである。日本が「自分たちが世界を仕切る」などという不遜な心を持たない事が「一番の平和」に繋がることも「平和構築」につながるのだ。「日本は非武装の平和な国として世界から信頼されてきた」これは、戦後の国を復興させた国民の尽力であり、この「信用は、一日でならず」今後もづーと未来永劫信用を得ていかなかければならないのであるから、「謙虚こそ一番の平和」と言えるのである。「武力で対話するべからず」である。世界中の国が「武力で対話するよりも「欲を捨てて慈悲で対話する」事が「平和と安定に繋がる」ことを昨年このサイトで学んだ。不遜な横暴な心を戒めて「人類の命を武器にしない」ようにしなければならない。武器には武器をというのは過去の野蛮な人類がやってきたことであり、人類が進歩するには、「武器のいらない慈悲の心をもち、言葉でそれを表す」ことこそ、人類の進歩であることを、このサイトで学んだからには、絶対に、「人類の慈悲の心」を信ずるべきである。決して「他を信じないで武器に頼る」ことのないように!今年こそ、人類の心が一歩「真の平和を願う慈悲の心」に前進しますようにと祈ります。


No.2615 (2015/12/30 15:16:24 (JST))  
[軍部の暴走はありうるー「安保事態時の危険回避の外交交渉マニュアルを作るべき」]
 安保のマニュアルに「危険回避交渉」はあるのか?  URL:

過去にソ連の兵機が北海道の空港に降りてきた時に、日本の自衛隊は空軍と陸軍が、命令なども無く独断とそれぞれの単独行動で、連携も無く出動していたという。そしてその時の命令隊長は今、「あの時、政治の決断をまっていたら、やられてしまうからだ」と言っている。つまり、戦前の世界大戦の時も「海軍が真珠湾攻撃をした」事も、「やられるという畏れのために、自ら出動した」ということだろう。この「やられる」という軍部の恐怖の前に、「こういう時はこうする」というマニュアルが無かったからだろう。他国の兵機体が下りてきた時に、すぐに「他国の大使館に連絡して「安全に撤去するように」と抗議する」「そして、そのことを自衛隊に連絡する」というマニュアルが存在するべきである。防衛隊が判断して動くという「現実的な行動」をさせないためには、政治的「危険回避」での外交交渉の中に、安保での外交マニュアルを作るべきである。大体、危険事態に際して「やったほうがいい」などの判断をしがちな現場と、「攻撃の是か否」かしか議論しない政治とでは、「攻撃するかしないか」の二者択一であり「その中には、交渉」という政治がしなければならない「安保事態時の外交交渉」というものが皆無である。「安保事態時の外交交渉マニュアル」を作って「自衛隊には、他国に交渉するから待て」と連絡するべきだ。北海道では「亡命機体」だったらしいのに、自衛隊が出動態勢をとり「一触即発だった」というのでは、戦前と同じ「短気な行動」と「安保危険事態の時の外交交渉マニュアルが無いせいで、自衛隊が単独行動を取ってしまう」現場の恐怖がある。
こういう事態から戦闘原因が作られていくので、他国兵機体が上空に来ても、政治が、他国大使館にすぐに連絡をして「理由を聞き」亡命機体であれば、そのまま、「お返しする、外交交渉をする」というマニュアルを作って於くべきだったのだ。シビリアンコントロールとは「安保危険時の外交交渉」である。外交は経済貿易ばかりではなく、安保上の外交マニュアルは必ずあらゆる想定に対して作っておくべきではないか?トルコの上空をソ連機が飛んでいたと攻撃した事は、「やはり、攻撃してくるのではないか?」という恐怖があっての事であり、「即攻撃した」ということだろうから、「即攻撃」ではなく、「その場で飛んでいる飛行隊に「なぜ上空を飛ぶのか理由を聞く」という管制官からの「国境越えに対する注意を促すような連絡体制」を取れるようにしなければならないだろう。そして、同時に他国大使館へ抗議するべきではないか?戦前も「外交交渉や、抗議無き攻撃で戦争が始まった」事を反省しなければならないだろう。


No.2614 (2015/12/30 10:15:53 (JST))  
[2613の表題訂正ー非自民の理由についてー憲法違反の人道違反政府だから]
 人道的ではない「弱者搾取」政策ー憲法違反  URL:

非自民者の理由は「弱者から搾取する政府」の姿の自民党政策を「人道的ではない」から「非難しているのである」今回の「乳幼児手当は6年間」だけであり、母親も子も働けないからである。児童手当は「母親が働ける状態にあるではないか?学校が無償で子守をしてくれているではないか?保育料もいらないから、母親は働いた分自分のものになる、パートは130万円までは無税であるからだ。こういう「児童時期の子供に国が支給して「母親が働けない状態にある乳幼児期の母親を働かせよう」として、嫌がらせの様に「乳幼児手当」を廃止した政策には、「乳幼児この母親に苦役」を強いる者であり、母親の保護を必要とする乳児や幼児に危険性が生じている現実の中に投入するものである。政府は「苦境に立つ母親w無理やり働かせようとするよりは、子を学校に預けている母親を働かせるべきではないか?そのためには、中高年の児童手当を廃止して、母も子も働けない乳幼児期の子供手当に回すべきである。それが本当の人道支援ではないか?働ける母親に税金を支給して、働けない母親を働かそうとする政策には「苦役」を与える「憲法18条違反」ではないか?


No.2613 (2015/12/30 09:52:33 (JST))  
[非自民の理由は「弱者から搾取」しようとしている姿]
 乳児手当を廃止し延命政策のばらまきにした。  URL:

乳児手当が今回廃止されたのは、今回の3万円ばらまき政策を実施したからだ。大人の弱者を救済するとした政策に「生まれたばかりの超弱者の乳幼児手当」を廃止した。そして、弱者でもない中高の子供の手当は廃止してない。この、差別的乳児いじめは「異常」な姿である。高校生は「職業体験」として、「アルバイト」がある。国から小遣いをもらわなくても十分に自分で小遣いくらいは稼げるはずだ。今の老人はそうやって親や国を助けて来たものだ。それが、「労働してお金を得る」事の大切さを学ぶのだ。それを国が、収入の多い少ないも考えずに一律に高校生にも小遣いを与え、乳幼児の稼げない子を介護している所帯から、手当を搾取して、選挙前のばらまきに使うような政策を「国民の税金」でやっているのは、納税者からみると納得がいかないだろう。「この政策は「善」の顔をしているが、「善」ではなく「結果は乳児を餓死させるものである。乳児に妬みがあるような「感情を内に持っているような人間」的なやり方であるから、国民は「この3万円のばらまきには「善意は感じられない」「国民の税金を意味も無く使うな」と思っている国民は多い。そして、このばらまきの財源のために「乳幼児手当」が廃止されたことで、与党が「弱者を犠牲にしていいかっこする政府」ということが判明したのである。乳児を犠牲にして大人が救済されることほど「大人を馬鹿にする政策」はないだろう?つまりは「乳児の札束で大人の口を塞ぐ政策」であり、納税者はこれほど情けない事は無いだろう。そして、これは「乳児を預ける保育所」に保育料を稼ぐために母親を働かせるものではないか?2歳未満の乳児が、迎えが遅くなった母親の顔を「恨めしい目でさびしく待っている姿」がひいては「大人になってもその「親への恨み」は無くならないのであるから、子育ては「三つ子の魂百まで」と言われるように、生まれて間もない子供の真っ白な脳の根底に「淋しさ」を刻み込むものである。国が乳児手当を惜しみ、乳児の脳に淋しさを植え付けているということになるのだ。戦前の人らがいっている。親の伝えでは、「武器や武装をすると国家予算は3分の2は武器武装に飛んでしまい、戦況が激しくなると「国民の税金」は全部或いは借金を作ってまで「武器武装に飛んでしまい、国民の命も武器にされてしまうのだ」と。今の政権が「乳児の金をケチってばらまきに使った」この政策をみれば「国民の命なんかいらないという生存権放棄説を言い出した前与党の安保委員の国会議員を温存している事が証拠となるものである」そして、メデイア工作では「戦争鼓舞者」が出てきている。天皇が「戦闘になるような事は避けなければいけない」と叫んでも、皇室関係新聞とみなされた新聞までが「武装政党鼓舞」で「非自民者批判」をしているのでは、「言論が消滅して武器で対話する政党」に賛成しているメデイアであり「言論を武器に売ったメデイア」ではないか?そう思われても仕方がないのではないか?言論者は「武器に頼らずに対話することを研究すべきであり、「武器武装を優先した政党鼓舞の姿は、武装政党に雇われた姿」であると国民には見えている。国民はメデイアを選ぶ権利があるから、十分に中身を吟味して「未来に禍根を残すような事に誘われてはならないのである」
武装推進派が「天皇系のメデイアを手中に収めようと画策している事が、関係メデイアの「非自民者批判発言」で判明した。戦前の言論統制が今、まさに行われているということである。恐ろしい政府が誕生したものである。が、この国は「アメリカの主導で「民主主義国家」であり、国民の選挙によって政党を選ぶ権利がある。今の政府の「独裁国家」は「民主主義国家」に対する反抗精神であり、安保関係を崩すものであるから、決して「一政党による独裁政権」を許してはならないのである。こういう「独裁で何でもかんでも手中に収めようとしている政党」には「国民の汗と水」での「納税」を「武器武装と自政党延命にばかり使う」から「国家予算は破たんする」。そういう政党には「国民の血税」を使わせる資格はない。「国民から自由も権利も奪う政党」は、武器を持って国民を支配し、国民の納税を自分たちだけで好きなように使っている。「議会制民主主義」をないがしろにしている事で正体を現しているではないか?
たったの70年で紛争も無いのに「自政党の武器武装党是」のために「武器武装」を言い出した今の政党には根底に「武器武装軍事国家願望」があるので何をするかわからない「信用にかける政党」ではないか?ちなみにいうが「乳幼児手当廃止」で「授乳中の母親が働けない」状態での家計では「家のローン支払い」に狂いが生じている家庭も出てくる。この政府は「当然、支給カットするから、人生設計が台無しになってしまう、家計を壊す政府」でもあることを明言する。乳児手当ばかりではない。老人の年金も突然何万円もカットされた。突然である。手術を計画している病人の経費にも支障が出るし、様々なところで「家計を壊す政府」と言えるのではないか?弱者から搾取するという「差別政府」ともいえる。これが独裁でなくてなんであろうか?「突然の支給停止による家計破綻」の「政策責任」も感じない「責任不感症&過介入症」では、国民は、「政策不安症」に陥って「閉じこもり」が増えるのではないか?まったく楽しくない「独裁政権」である。自分達さえ楽しければ「国民を制圧してもいい」と思っているのではないか?何も言えない国民の代わりに「民意」を述べる者である。メデイアが「民意」を無視するからである。


No.2612 (2015/12/29 22:24:09 (JST))  
[一部のメデイアは「大勢迎合主義」か?軍国主義か?戦争鼓舞者か?]
 メデイアの本来の主義主張は何なんだ?  URL:

勝馬に乗りたがるものは多い。それが、正義で無くてもだ。その迎合主義が「是か非か」を問うのがメデイアと思うのであるが、ただ「非自民」の国民を理由なく批判するメデイアは「理由なき迎合主義」ではないだろうか?つまり、勝ち馬に乗って旗を振りたがっている姿は、本来のメデイアではなく「延命メデイア」ではないか?戦前も軍事政権にすり寄って「戦争鼓舞」したメデイアがおた。今回もそういうメデイアが出てきているのは、本来の「メデイア」ではない姿である。戦争を是とする政党を「迎合しているメデイア」ということになるからだ。元々、なぜ「非自民」か?と考えなければならないだろう?国民の「非自民」は、自民党が「武力や武器で対話することを「党是」としているからである。つまり、「宣戦の軍国主義者」の匂いがするからではないか?その政党を迎合するメデイアは「戦争鼓舞者」ではないか?そういう風にとられてもしかたないだろう?


No.2611 (2015/12/29 20:26:33 (JST))  
[戦争や戦闘は「平和を壊すもの」と子供にも教えるべきである]
 来年も「戦闘地域を世界からなくす運動を!  URL:

今年このサイトは大活躍した。
一番の成果は「世界の平和連合国民」の皆さんと「アジアを戦闘地域にしない運動」である。結果、アジアは今平和のままであるのは、まことにありがたいことである。そして、未来永劫、世界中が平和で戦闘をしない地球を目指す石杖にもなったし、その自信もできた。ネットは「武器も無く戦える」ということもわかった。「世界が武器が無くても言葉で話し合う国作り」も可能になってくる。今、武器に頼って血みどろになって戦っている国の人達が、「武器に頼って対話を忘れている」ことが、悲惨な戦闘が無くならない原因である。人間は「言葉でわかりあう」という種族である。ほかの動物とは違う。「話し合いが無ければ、自分を理解して貰えない」のだから、「言葉を忘れたカナリヤ」にならないようにしなかればならない。来年こそ「武器を捨てて理解できるまでしつこく話し合うべきである」しかし、来年は「見ざる言わざる聞かざる」の年である。また、再び、物言わずに武器で会話をする年になりそうだ。今年、政府があまりにも「物を言いすぎた」から、その波が来年になだれ込むということか?来年は「アジアを戦闘地域にしない」から「世界から戦闘地域をなくす」にせねばならないだろう。方法はある。「対話」である。1にも「対話」2にも「対話」3,4、も「対話」でいかねばならない。これができなくて、「武器で対話」するような国際関係をつくる政府は「去る年」になるであろう。国民は、「戦闘をしない政府」という一点に注視と監視をして目を凝らすようにしなければ、いろいろさまざまな政策に「目くらまし」されて、信用してしまう傾向にある。そのせいで行く道を間違えた過去の戦前の「政府の巧みな言い訳」に「戦争への道がいつまにか敷かれていた」という結果になっていた過去を、再び起こさないようにしなければならない。例えば、いくら、他の政策で成果をあげても「隠している目的」が「戦闘行為」であれば、その政府のしていることは信用できない。そのまま信用して流されてはならないのである。戦前は、政府のすることを盲目的に信用して「戦争」が勃発してしまった過去と同じ過ちを決して、してはならない。戦争は「平和を壊すもの」であることを子供にも教えるべきである。戦闘行為に迎合してはならないのである。「国民は主権者であるから、政府に迎合してはならない。政府の政策を審議する立場」であるからである。


No.2610 (2015/12/29 11:16:51 (JST))  
[国境問題の竹島問題は長い間何も解決していない]
 韓国問題は慰安婦問題ばかりでは  URL:

韓国が一方的に国境線を引いた李承蛮ラインは依然そのままではないか?そして、竹島は乗っ取られている。これは、解決してない。この問題については、日本政府は「話し合い」もさけているようだが、アメリカが噛んでいるからか?国民には合点がいかない。「日本、アメリカ、韓国」の三者が「話し合い、合意」したものではないではないか?そのせいか、海の環境は悪化して、生物が生息できなくなっているではないか?日本がきちんと竹島周辺の生物を管理して育成してきた歴史的な過去の期間を無視して、勝手に自分の領土と言っても、管理されてないではないか?それだったら、島の権利は日本に返してもらいたいものだ。海洋日本は海の生物がよみがえるようにできるからである。大体領海線を越してラインを引くという規約などないではないか?これでは、韓国関係が良くなったとは言えない。安倍政権が、これを無視しているからには、何の成果も無いといえるのではないか?慰安婦問題は当然「素知らぬ顔」は恥だから、解決しなかればならないが、竹島問題は領土問題であるかr、政府の管轄である。国民に納得のいく説明が必要ではないか?宿題を放っている政府では、領土管理がおざなりになるばかりではないか?「修正協議のできない政府」では、今後も紛争は長引くということである。国民を不安に陥れたままでは、他の成果などで、「立派」などという迎合型発言などは、耳がこそばゆい。褒められるものではない、当たり前の事をしただけだろう?政府は人気取りのために政治をやっているのか?


No.2609 (2015/12/29 08:42:14 (JST))  
[慰安婦問題 日韓初合意]
 名無し  URL:

昨日の日韓外相会談で、いわゆる従軍慰安婦問題について日韓両国が合意に達した。「慰安婦」関連で両国が合意するのは1990年代に外交問題化してから初めてのことで、まさに歴史的な合意になったと言える。
今回の合意では、日韓双方が譲歩した形となった。日本側は、首相が「痛切な反省」と「心からのお詫び」すること、韓国側が設置する財団に10億円の支援をすることの2点について、韓国側に譲歩した。一方、韓国側は、この問題を「最終的かつ不可逆的に解決する」こと、国際社会で日本を非難するような発言を控えることの2点について、日本側に譲歩した。一方的に謝罪して外交的な成果を上げられなかった村山元総理とは大きく異なり、両国がまさに引き分けを選んだ結果となっている。この点については素直に評価したい。
ただ、一方、日本大使館前に設置された慰安婦像については、「努力する」という表現にとどまった。韓国政府が世論を意識する気持ちもわからなくはないが、この慰安婦像は日本の評価を不当に下げるための市民団体のいわば「嫌がらせ」であり、当然撤去されなければならない。また、この慰安婦像は、市民団体が違法に設置したものであるにも関わらずこれまで韓国政府は事実上黙認してきた経緯もあり、まさに韓国に対する「宿題」といえよう。
そして今回の合意で最も大きな点は、何と言ってもこの問題について、韓国側が再び蒸し返すことが出来なくなった点だ。これは安倍外交の勝利でもある。これまでは、韓国が謝罪と賠償を要求し、それに日本が応じ、韓国の大統領が変わるたびに、また謝罪と賠償が要求され日本が応じるというようなことを繰り返すという構図だった。日本はこの負のスパイラルを止めることに成功した。韓国の「慰安婦」問題を柱とする反日外交はある程度落ち着くものとなるだろう。
このような合意に至った背景には、韓国がここ数年国際的に孤立していることも関係している。朴大統領は安全保障はアメリカ、経済は中国という難しい立ち位置にいることを選び、なおかつ日本の告げ口外交を国際社会で全面的に行ってきた。また、中国の戦勝70年記念パレードにも出席し、結果的に欧米から距離を置くようになってしまった。このままでは親中のイメージになってしまうと不安視した政府が、日本に擦り寄る形となった。だからこそ、韓国側はこれまでしてこなかった日本に対する譲歩ができたのである。また、韓国にしてみれば日本は重要な貿易相手であること(日本からすると必ずしも韓国が貿易上重要ではないが)、そしてアメリカからの圧力も影響した可能性がある。
日本と韓国は、安全保障や経済において重要な隣国である。今回の合意が順守され、日韓両国が新しいステージへと入っていくことを大いに期待したい。


No.2608 (2015/12/27 20:56:55 (JST))  
[外資に日本企業が乗っ取られる?]
 TPPによる開門で外資系企業がでっかい顔になっているのでは?  URL:

経済はTPPにより、外資系企業が入りやすくなったが、日産のように、他国株主が日本企業に介入するようになるのではないか?つまり、株主の性格がちがう他国株主では、企業努力を追及され、努力が無ければ筆頭株主の座を交代しろというものではないか?それがこの国の経済にとってどういうことになるのか、そら恐ろしい。アベノミクスTPP開門は、「入るを拒まず、出るを知らず」ではないか?単一焦点的政策では月夜の木陰(真っ暗で見えない部分ができる)と同じではないか?


No.2607 (2015/12/27 11:50:46 (JST))  
[テレ朝、古舘氏の降板を発表]
 陣内  URL:

この発表がなされたのは木曜日であったとのこと。
以降、大変な騒ぎになっている。
最近では、TBSの膳場貴子・岸井成格のダブル降板問題があったし、その前にはNHK/クローズアップ現代の国谷キャスターの涙ながらの土下座謝罪事件というものもあった。逆にBPOが、きわめて異例にも、マスコミに対する内閣筋からの過度の介入に対して苦言を呈する、という事件も起きた。

今朝のあるバラエティー番組では、デーブ・スペクターが
「最近のテレ朝の首脳は何かと内閣にすり寄る行動が目立ち、会食の機械も多くなっている。そういう中で、とかく内閣にとって耳の痛い発言をする古舘には、はずれてほしい、というムードがあった。」
ということを述べていた。
これに対して、同席していた元自民党衆議院議員の杉村太蔵は「そんなことはない」と反発していたが、実態はどうであろうか?

一般にいわれていることは、「表面的には圧力とはとられないが、暗に、内閣が民法テレビに対して施している特典、恩恵をなくすぞ。という言い方がなされている」ということだ。
たとえば、すでに営業赤字のフジテレビや実質それに近いといわれているTBSをはじめ、ほとんどのテレビ局、新聞社は本社用その他の土地をほとんどタダで売却を受けている。そこから上がってくる賃貸料で、テレビ局も新聞社も決して父さんはしないことになっている。
また、福島の過酷事故のあと、CMを自粛した民法テレビに対して、ほぼそれを充当する形でBPOが盛んにCMを流した。その原資は電力会社や銀行から出ているらしく、そうした企業の悪口などいえるものではない。どころか、反原発を唱えるコメンテーターなど、一気に出演を止められたりもした。

そして、今の自民党には「気に入らないマスコミはつぶしてしまえ」という風潮がとても強いことが心配される。
高齢の業界人や瀬戸内寂聴さんらは、「戦前の総検閲体制時代よりひどい」ともいわれる。
言い換えると、こうした連中が与党や内閣を牛耳っていることは、いずれの日にか、日本を聞きに陥れる可能性が高いといえるのである。
今朝の新聞を見ていると、ある新聞には「しだいに明らかになってきたアベノミクスの成果」という見出しが載っていた。
多くは言わないが、すでに東京株式市場は連日値下がりを続けているし、土曜朝のNYの日経先物も大きくさげていた。
証券会社の人はいう。
「相場は正直だ」


No.2606 (2015/12/26 13:55:18 (JST))  
[テレビ朝日「GPIFではジャンク債を買っている」]
 陣内  URL:

こういうことを暴露するから、この局は内閣にいやがらせをするんだろうな。
ところで、「ジャンク債」とは何をさすか?
ことばの文字通りの意味は「ドブのような債券」ということである。
債券は国際であれ社債であれ、償還期間が決まっている。そして、その期間内なら利息を払うのがふつうである。ふつうでないのは、今のEUのようにマイナス金利の地域である。
しかし、その債権が償還までに発行者が破たんするのではないか、と認められたとき、それが「じゃんく債」となる。
代表的な例がギリシャ国債で、だいたい金利を7%以上つけないと販売できないものは「ジャンク債」と考えられる。
日本では一般にはこういう債券には手を出さない。買う会社の常識が疑われるからだ。金融という世界の底はドス黒い。それだけに、彼らは信用ということを第一に考えるものだ。
「ジャンク債」をたとえていうと、銀座のデパートが裏口で質屋かソープランドを経営するようなものである。

では、なぜ、「権威あるGPIFがジャンク債を買うかというと、年間利率を4%とか4.5%くらい稼げ、という命令が出ているからだ。
しかし、ふつうに考えれば、株で年率4.5%儲けることはそれほど難しくないはずだ。
ただ、今回のケースは2つの問題点がある。
1つめは、投下資金が余りに巨額すぎる、という点だ。そして、もう一つは、現在の内閣は「株価連動内閣」と呼ばれるくらいで、日経平均総額を下げるわけにはいかない点だ。

つまるところ、GPIFには、ビジネス・モデルを全く作らないまま、めくら滅法株を買っているに過ぎない。

ところが、日本の金融機関の中でジャンク債を買っているのではないか、と噂されているのが、メガバンク等の都市銀行である。
そして、彼らもまた、将来をにらんだビジネス・モデルは確立していないらしい。
そのため、事実上のゼロ金利を長年続けている。
日本の国債の発行残高1千兆円というが、実は日本の都市銀行が払わずにしらばっくれた利息の合計とだいたい釣り合う。
言い換えると、日本の財政再建の唯一無二の手法は銀行の債権にこそある。

結局、視野が狭く遠くを見ようとしない、戦前からの政治家の悪い癖が全く改善されていない、ということか。
それにしても、何もつつけない野党とゆ党の責任がこれほど問われる時代は過去にもなかったことだろう。、


No.2605 (2015/12/26 08:55:52 (JST))  
[行政が嫌がらせした場合に古代はどうしたか??]
 第二政府を作っている  URL:

古代社会では、というか、平安時代のちょっと前に、藤原全盛時代には、顔がでっかくなっても、耳が小さくなって「聞く耳持たない」幕府が規制規制で国民や天皇に嫌がらせをする時代があった。そういう時、天皇は、第二の幕府を作って第一の幕府の横暴を規制しようとした。それが、「平清盛」である。戦後は国民主権者となっているのも「政府の横暴」を国民が規制するために作られた「日本国憲法で政治行政をけん制している。憲法99条は「地方の行政や政治家にもその横暴を「国民の権利」でけん制するもの」である。行政施行者には「憲法」を知らないで公務員になったりしているものが、国民に規制をして嫌がらせをするから、国民自身も憲法を勉強して「国民や住民の権利」を行使するべきである。この話題は、最近では「沖縄控訴での国民の「民意権利を行使するものであるし、高浜原発でも「住民の生存権」での権利主張もあって当然である。国民が黙っていると「行政者は、自分たちの思うままの政治をするようになる。国民のためにではなく「嫌がらせをした徳川差別に喘いだ、坂本竜馬は、下級武士が上級武士の横暴に下剋上的倒幕をした。行政の上下関係での差別撤廃であったから、平民の差別は未だに解決されていなかった。が、民主主義に鳴って「ようやく、国民が主権者として差別撤廃」を「憲法で保障されたのである」ことを国民は自覚するべきである。しかし、この憲法をないがしろにして国民から主権を奪おうとする政党が「武力を持って国民支配」しようとしていることがひいては、地方公務員の横暴を招くものであり、「規制で嫌がらせ」する発言となってくるのである。国民は、規制政府ではなく、大政奉還のように「天皇が公務員ではなく国民側の主権者」として、一人当たり年に1000円基金での年間100億円予算を与え、国会での意見を述べる権利を与えたらどうか?などと思うのである。未だに「行政から規制規制で自由になれない国民」では、国民が主権者たる沽券を失っている証拠ではないか?沖縄を政府が訴えたのは、権力者が弱者を訴える権利は無いものであるのに、政府我、憲法99条の「政治家、行政、公務員、裁判官は、(国民の権利擁護)の日本国憲法を遵守する義務を負うものである」の法に「違反している」ことになるからである。沖縄県が政権を訴える権利は当然あってしかるべきである。大体、前任の知事は「嘉手納基地が返還になるなら、他の地域でもいいという「我田引水者」ではなかったか、「自分さえよければいい」という「政策がすべてトラブルの元」である。「男の短気と女の嫉妬」が国を喧嘩させるという古老の教えを思い出す。この戒めを持たない政府が「平和を壊す」という事も言えるのである。とにかく、「嫌がらせ行政者」は規制するようにしなければならない。首長や政権者は「当選する前は住民の味方のような顔」だが「当選して種痘になったとたんに、住民規制したがる」が、あくまで「住民が行政をけん制するために選ばれている」ということおめおめ忘れてはならないだろう。


No.2604 (2015/12/26 07:44:17 (JST))  
[年末ゴミ収集についてー民間委託も必要ではないか?]
 問題は、収集置き場所が狭い、或いは、無い地域  URL:

年末になるとどうしてもゴミが増える。普段すてられないゴミも年末には捨てるからだろうが、地域にゴミ収集場所が無い所や、その収集場所が狭い場所であれば、道路まであふれる事になるから、どうしても、自己搬入が増えるのはしかたがないのではないか?ゴミ収集車も小さいからすぐにいっぱいになり、収集し残せば、どうしても自己搬入ということになる。近くのゴミ収取所が狭くて置けないという地域は多い。そして、カラスは年末が稼ぎ時とばかりに電柱にズラリろ並んで待っている。カラスも学習するらしく、収集車が来る前にゴミをつついて散らかしていいる。都会では、歩道に散らばっている「アスバケツゴミ」で臭くなっている。これでは、自己搬入さまさまの町ではないか?自己搬入で来る人らのガソリン代は自己負担である。自己搬入を規制する町があるが、それなら、町の収取車を増やさなければならなくなる。朝と晩に回るようになると、ガソリン代は町の公費支出が増えてくるので、税金がまた増えてくる。月に2回しか搬入しない人も5回搬入する人も搬入税が同じという不公平を生じさせる税制は賛成できない。自己搬入を規制する町では、地域地域に民間の収集車を委託したらどうだろうか?朝の担当と夜の担当である。そうすれば、狭い収集場所でも朝ゴミが多ければ夜に出せばいいということになるから、自己搬入が少なくなるのではないか?しかし、自己搬入は、トラックが無い家庭の主婦には、何回も捨てるので、収集量の小さな収集車にとってはすぐに満杯になるので、自分でガソリンを使って搬入して貰えば、決まった曜日に取り残しする事が無いと思うから、ありがたいのではないか?何が不服で自己搬入を規制するのか、まったく、「行政の嫌がらせだ」という主婦は多いのである。焼却炉が町に1カ所しか無い町は、取り残しされたら、遠い所は20キロからも自己搬入するようになるがこのガソリン代金は往復で1000円を超す。従って、自己搬入しなくてもいいようにしてもらいたい。ためには、焼却炉を増やすか、朝夕のごみ搬入車を増やすしかないのではないか?行政では規制をするから、民間者委託が必要ではないか?地域にごみ収取所が無いとか、狭い場所も多いから、近所にトラック式の収取車があれば助かるのではないか?住民を助けようとしない行政では、どうしても、自己搬入は仕方ないと思う。そして自己搬入するゴミの中には、草があるが、これは、なるだけ、「腐葉土」にするための努力、畑に捨てたりしたほうがいいのではないか?草取り業者が捨てる場合も、腐葉土にする人に格安で売るとかにした方がいいのではないか?もしくは「腐葉土販売」をかねて草取りしたらいいと思う。なるだけ焼却炉を使わない方法を考えていかなければ、行政が規制を始めたら困るようになるからである。後世のためにも考えるべきではないか?


No.2603 (2015/12/26 01:01:44 (JST))  
[歴史認識を歪曲する勉強会になるのでは?]
 「自衛のために戦争をしてもいいという「言い訳」では?「修正協議」できない政府の考え方?  URL:

戦争では、どこの国も「自衛のためだ」と言うのは当たり前だ。それは、通用しない。「自衛のためなら開戦してもいいのか?」開戦する理由にはならない。自民党が歴史を学べば「第二次世界大戦は、背広組つまり、政治家が「負けん気」と「短気」で「国連会議」を蹴って、「国連脱退」を独断でやってしまったということに、至るのだから「政治家がやってはならないこと」の「墓穴を学ぶ」ということだ。結果は「これを愚かにも軍部が「早とちり」をして、「開戦攻撃」してしまったという事だから、「短気」から「四面楚歌」になり「やけくそ」になったということだろう。まさに「対話のできない政治」が開戦への道を作ったということではないか?政治が「修正協議」という手法を知らなかったということだろう。「国連脱退宣言」をした日本国全権大使が「私の失言でした」と腹をくくって国連議長に言えばよかったのに国連会議で自分がなした事の重大さに気が付かず、「延命のために、本国に帰って、言い訳を巧みにやったのだろう。と察する。明治維新では「京都の谷垣氏と福井の稲田氏が「明治維新の歴史を学ぶ」ことは、歴史から見れば、維新軍に参加しなかった藩同士だから、うなづける。明治維新では「長州藩士」は京都御所を攻めているから「朝廷に背くもの」として「朝敵」になって、すごすごと返されている。しかし、それを助けたのが、土佐の坂本等「亀山社中」の武器商人達であったのだろう。福井県の藩士に坂本は仲間にならないかと誘っている。「明治維新政府」が発足したら、大蔵大臣にしようという話だったらしい。それは、福井県のある藩士が「節約:に於いて優れていたからだという。しかし、福井県は、過激な長州のやり方に対して危惧していたから、行動には参加しなかった。それはそうだろうよ、福井と京都は近いから、京都攻めをした長州藩には、従えないはずである。「朝敵」となった長州藩は「薩摩藩」と一緒になって再び京都攻めをして京都焼打ちをしている。薩摩は「島津藩士」が「生麦事件」で「参勤交代の行列を乱したとして、外国人を殺した事件があった時に「徳川幕府」が「始末は島津藩が「謝ればいい」という事にしたから、島津の殿様は「納得がいかなかった」ために、「徳川慶喜」に対して「大政奉還」を勧めて、倒幕に走っている。これには、薩摩沖に外国船が威嚇していたから、坂本竜馬等の武器提供が必要になっていて、「坂本竜馬の本心」の「倒幕」の誘いに乗ったのだろう。幕府の力よりは「長州藩と組んだ方が「攘夷」がやりやすい、という判断だったのだろう。当時「幕府は攘夷」ではなく、講和条約」を結ぼうとしていたからである。それでは、生麦事件での決着は「島津藩取潰し」ということになるからである。これも「切羽つまった早とちり」ではないか?そして、長州、薩摩が組んで「大政奉還」という「大義名分」で「長州藩」の「朝敵」が、薩摩のとりなしで「朝廷に政治を返すから「朝敵は取り消して貰った」ということである。国民には「海外勢力を排除する」かと思えば、「倒幕」した明治維新の出来事が「実は大政奉還」だったという二転三転した歴史が理解できなかっただろうが、事実は、「天皇を利用して「講和をしようとした徳川幕府が気にいらなかった」という事である。その裏には「生麦事件での「島津藩取潰し」と「長州藩朝敵での藩取潰し」という脅威から「自衛のために、二藩が坂本等の武器商人に操られて、組んだ」ということである。なぜ「薩摩藩」と「長州藩」が組んだかわかるだろう?明治維新後に、薩摩藩と長州藩が分かれて戦ったかは、この「維新の動機」の違いがあるからである。長州藩は島津藩による「大政奉還」のおかげで「朝敵」は取り消しになったが「徳川幕府の家来の勝海舟による講和条約全権大使に長州藩の高杉晋作がなって講和条約をさせられているから、「攘夷」で立ち上がった意味がなさないから、海外とは戦うべきという志がくすぶっていた。ところが「薩摩藩は「大政奉還」での「倒幕」が目的であり「藩の取潰し」が無くなったから「講和条約」で「異敵」がいなくなったので「攘夷」はしなくてもいいという方針であり、そこが過激な長州藩士と合わなかったのだろう。結果、島津藩と、長州藩は仲たがいして、薩摩藩が、明治維新政府には参加できないとしている。そして、これを襲ったのが「西南戦争」であった。明治維新政府が「長州藩士」で仕切ったのはこういう状況であったのだ。長州藩士は「あくまで「海外国敵視」であったということがわかる。しかし、勝海舟らの「渡米の勧め」で、長州藩士たちが渡米し、欧米に刃向うのは「無理」と考えて「欧米文化」を持ち帰って「これを享受」していたということだろう。陣内さんがいう「兵士が文化を持ち帰っている」というのは、まさにその通りで「歴史の見識の深さ」がある。自民党が「東京裁判は間違っていた」という根拠が「自衛のため」というのであれば、「国の存亡」の防衛のためであり、その「存亡が危うくなったのは、政治家の早とちりと短気が起こしている」ということに気が付かねばならない。今回の「集団的自衛権」では「軍部の政治家」の「早とちり」で「中国敵視」政策をした「背広組政治家」の「早とちり」ではなかったか?自国だけで決めているから、世界からみたら「日本がパニックになっている」この時とばかりに「TPP]交渉を持ちかけているのは、偶然ではなく、海外から見たら必然だったのだろう。日本国は島国だから、どうしても「内輪の小さな根性」での独断で台本を作って、その通りに世界を動かそうとしているが、世界は「経済を壊す戦争」はしたくないだろうから、「金を持って戦争鼓舞している日本の経済を乗っ取ってやろうとする世界中の金持の意向が働いているという状況である。つまり「TPP]は日本に戦争をさせないための「経済制裁」ではないか?と思うが陣内氏の見解はいかがかお


No.2602 (2015/12/25 13:26:44 (JST))  
[自民党、「歴史を学び未来を考える本部」を立ち上げ]
 陣内  URL:

自民党は、22日、明治以降の歴史を研究する新組織として、上記の新組織を立ち上げた。
本部長は谷垣幹事長だが、実際に会を取り仕切り、方向性の路線を引くのは稲田政調会長なのだそうである。
そして、この両者の発言には、かなりの距離感が透けて見える。
谷垣氏は「近現代史教育を充実させるには、まずは政治家が歴史を勉強しなければならない」とし、一方、稲田氏は「慰安婦や百人切りなど、虚偽にはきりんと訂正を求めたいし、東京裁判史観からも、そろそろ脱却しなければならない時期に来ている」としている。

たしかに、いまの中学校、高校の歴史教科書を見ると、事実とは到底相容れない気jyつがすくなからぬあることはたしかである。
たとえば、近代をもたらした「ルネサンス運動」というのがあるが、これは決して古代ギリシャやローマの精神や文化の再発見の成果によるものではなく、あくまで11世紀にはじまる「十字軍」が戦利品替わりに持ち帰ったイスラム文化が根底にあるものである。また、「十字軍」というのは決して「聖戦」などではなく、きわめて悪質な略奪闘争で、特に「少年十字軍」などは、中東に到着する以前に、奴隷としてどこかに売り飛ばされてしまっている。

しかし、稲田氏のグループがよく主張するように、「太平洋戦争は自衛のための戦争であった」あるいは「近代を彫刻するための必然的戦争であった」のか、と言われるとそれも違うように思う。

昨日、放送大学の講義をテレビで見ていたら、満州事変当時の満州側の頭目であった、張学良という人のインタビューが紹介されていた。
その中で「日本具があそこまで戦線を拡大するとは思わなかった。そこまでやれば、世界中を敵に回し、長期的にはみじめな配線におわることは明白だったからだ。」と述べていた。張氏は「あまりの日本軍の世間知らずぶりが残念でならない」とも言っていた。

たしか、今、「杉原千畝」の電気が映画で上映されているはずだ。その中で杉原は戦後になって外務省を解雇されている。きわめて不思議に思えるのは、戦後から今日に至るまで世界の金融界を牛耳っているのはユダヤ人である、という事実にまだその時点では外務省は全く認識が及んでいなかった、ということである。

さらに、話を満州事変に立ち戻っていうと、およそ古今東西、国家元首や内閣総理大臣の命令を無視して軍隊を動かした人物(将軍)は即時、資材になるものである。
ところが、この満州事変に始まる中国との十五年戦争では、これからの逸脱の連続であった。

今、政治家や官僚が反省しなければならないことは、「どうしたら2度とこうじう事態を起こすことがないようにするか」ではないか?
みなさんも、国会の討論を聞いていてわかるとおり、中谷防衛相や砂糖参議院銀の発言は、実に詩やが狭いものだ。
彼らのいうことは理路整然としている。だが、この理路整然ほどいかがわしいものはない。「机上の空論」に過ぎないからだ。戦争ほど、理論と現実が異なる世界はない。
昭和天皇は第一次世界大戦の傷跡を現実にヨーロッパで見て、戦争が決して軍部や右翼のいうものとは違う、ということを再三つぶやいておられた、というが。


No.2601 (2015/12/25 00:45:45 (JST))  
[原発は「地震国日本には危険」だから、水素電力に変更すべき。]
 「仕事」は人の役に立ってこそ「善益」となる。「善は急げ」  URL:

チェルノブイリに行った人が感想を述べていたが、「原発の2キロ先の場所で測ったら「地面が汚染していた」と。爆発しなくても排水による土壌汚染はあるかも・・・。何の調査もせずに「安全」という政府関係者を国会に呼んで「安心」の根拠を示す調査結果の報告を定期的にやるべきだ。原発地域は、長い間原発が地域企業になっているようなものだから、福井県は海に面したところにもある。3ケ所もあるのだから、調査は徹底してやるべきだろう。子供に影響が出るからだ。安心というならその根拠が必要である。根拠も無しに「口約束」で「安心」と言えば国民は馬鹿だからすぐに信用するだろうなどと思ってもらっては困る。客のいない舞台で、裸で阿波踊りしても国民は怒らいないで笑っている馬鹿だと思っているのではないか?福井県は原発が多過ぎだから、他の1基は減らして「水素電力」にすべきだ。「原発が好きな「ゲテモノ食い」政府では安心できない。古代社会には「こういう不安な世相になってきたら人間はどうなるか」を調べた民俗学者がいた。後世のためにだろう。殺伐たる心になって、「裸踊りが増えたり、殺人が増えたり、駆け落ちが増えたりしたそうだ。何かから逃げたくなって「やけくそ」になるらしい。今日は、その不安な心が起こす「買い物不安症」多発での「消費増」を狙っているとかいっていたが、これも「ゲテモノ食い」人間が出てきたということだ。従って一国の政府は「決して国民を不安にするような政策」はしてはならないということである。ついには、裸で町を踊り歩く者がでてきたり、主婦は子育てが嫌になってしまうからだ。投資で「大金を失えば人の持っている金に目が付くようになる」マイナンバー政策も、不安な政策の証拠である。大きなものでは「明治維新」から100年間、戦争に次ぐ戦争で国の財力が乏しくなってしまって、とうとう「他国侵略」しなければならなくなった「大東亜戦争」での原爆投下による敗戦である。こういうことになるから、決して「武力という国益を削ってまで命を捨てるような事に知恵と命を絞っては「もったいない」のではないか?武力に予算を注入したり、原発に国費を投入したり、「人道にもならない大無駄」には、いい加減目が覚めたらどうか?だれか、腦に響くような目覚まし時計を鳴らしたらどうか?え?耳が悪いから?そか・・・だったら、音の大きい補聴器でもつけるべきではないか?ボーナス400万円で買えば。


No.2600 (2015/12/24 23:39:42 (JST))  
[原発は高価な電力ー国民の所得税を毎年1兆円以上投入しているから]
 電気代は内部保留で職員の終身年金に。  URL:

親方日の丸企業は、国が面倒を見るから国民の税金を食われる。電気料金は内部保留となり職員の終身死ぬまで年金支給になっているのだろう。ほかの大企業は企業年金は10年から15年で打ち切りだというのに、保険会社と電力会社の企業年金は「終身年金」というではないか?それほど儲かっているという事だ。最近できたマイナンバーでは、個人の金融預金とか、企業年金とかの収入情報も入るというから、いかに職員が潤おっているかがわかるだろうよ。マイナンバーカードが来たけど、邪魔だからポイツと捨てたかも。老人が言ってた。これ、面倒だね。保険証が身分証明書になってるから、いらない。って。まったく、無くしたらどうするのよ、と。こんな面倒なもので個人情報を提供する馬鹿な事はないよ。情報を餌にするものにただでやっているようなものではないか!国民の意見を何も聞かないで決めている「民意無きマイナンバー」に3000億円も税金を使っている政府の「勝手に決める政策」はどうにかならないかなあ。
原発稼働では、「高浜原発再稼働」で、近隣県が怒っている。福井県と高浜町だけで決めて、その近隣の町や県が違うがすぐ隣の町の意見は無視されていいってものではないだろう?原発とマイナンバーといい、全く「民の意見」をないがしろにしているがこれが「国の政府のする事か」?客のいない「一人舞台」ではないか?いくら客がいないからって、丸裸になってもいいてことは無いからな。


No.2599 (2015/12/24 10:48:00 (JST))  
[、「放射線は透明な目に見えない脳内有害物質」信用してはいけないでしょう。]
 原発より「安全、安心、安価」の「水素電力」を!  URL:

最近ある地方ではカラスが大量死しているというが・・・。福島原発事故では、当初、建屋の爆発があって、原子炉のプルトニュウムの溶解が始まっていることを発見しましたよね。いい加減な建屋では、何かあった時には、爆発するのは確かです。原発業界には「安全神話」が染みついていて、何があっても安全と思い込んでいるようです。原発に限り、再稼働するときは「安全神話」は「無いもの」と決めてかからなければ再稼働はしてはならないのに、再稼働したのですから、政府は、再稼働後、いい加減にならないように監視するべきです。この政府は「決めるだけの政府」ですから、「後は知らん顔」ではないでしょうか?「決める時は後の安全まで完璧に考えなければ「決めてはいけない決められない原発」なのです。しかし、地域の住民が「決めることに賛成した」んですから、政府も「後はどうなっても住民が賛成したのだから」と「住民に責任転嫁」をするだけです。「決めるだけ決めて責任は国民に」というのがこの政府の「得手勝手」な「決め方」なのですから、国民も、今までの政府の「政策は人気取り」を見抜くべきです。川内原発は「中国に近い原発」という事も「決める時に考慮に入れない政府」は「国民を守るどころか、危険にしている」のです。今後、原発は企業自身を「窮地」に追い込む電力」として気が付かねばならないでしょう。これ以上政府が原発を推進するなら、「原発に代わる安全と安心な、原発より安価な電力」の「水素電力」を立ち上げる企業が電力業界を占めねばならないでしょう。「水素電力」は「放射能を出さない」「仕入れがいらない」「運輸航路がいらない」「汚染水が出ない」「海を汚さない」など「安全安心安価」という一石五鳥の電力ですから、これをやらない政府はこの国を「危険にしたがる政府」であると言えるでしょう。「もう、迷っている時ではありません。」日本の電力資源は乏しく限度がありますが「水素」は資源としては「空気」であり、培養可能な無限大の資源ですから、これを「国の主要電力にするべきではないでしょうか?仕入れコストがいりませんから、企業利益もありますし、何より「放射線」が無いのですから安心です。国民の電気料金が半分になるのです。そして、これが「国民の主要産業になれば日本国は安定するのです。今の政府は、昔の「中東から仕入れる」という手法を変えられず、戦後導入した「原発に毎年1兆円」も国費を投入して、電力業界の独占企業での「親方日の丸」お抱え業界の「進歩の無い献金稼ぎだけの政府で、我田引水政府です」国民は政府に頼らず、「進歩して政府を先導」するべきです。それが「主権者国民」の沽券というものではないでしょうか?知恵のある者は知恵を出して稼ぐべきです。私は動けないが「知恵で1兆円稼ぐ」案を出しているのですから、国民600兆円稼げ政府の「体を張ればいいかのような政策」では「知恵者」の「知恵を殺す」ものではないでしょうか?戦後、敗戦国日本を復興させた「国民の昭和の底知恵」を出して、政府我導入した原発を地球から無くしていきましょう!原子にはこの国は恨みがあるはずですから、お抱え企業利益のためなら、国民に毒でも飲ませるような政府も必要ないでしょう。大体、大臣19人もいてボーナスは冬だけでも400万円以上ですからな年間では800万円ですよ。国民に不安を押し付けて、「国民に600兆円稼げ」としか言えないような「国民奴隷政策」ばかりでは、国民の納税は何のために大臣に支給されるのでしょうか?自分達は温泉や海外遊行するような政府では「国民は納税奴隷」にされているということです。「知恵もない、武力だけの力に頼っている政府」では、政府内及び与党内行革はやむを得ないでしょう。大臣は10人に減らすべきです。これは「国民犠牲政策」を作った政府への「国民からの罰」なのです。それが「納税国民」の権利と言えるでしょう。政府が「国民の知恵委を使えないように殺しているのでは、この政府には発展は無く「国民を支配下に置く」という陰謀政府ではないでしょうか?この国の闇は政府が作っているといえましょう。暗い政府では企業も育たないということです。「投資依存で思考能力を切られた企業」は今後も倒産が増えるでしょう。水素電力を企業が集結して起こすことが「企業起こし」になるのです。私は「戦後10年頃、小学生でしたが、薪を燃料とした「煙だらけの町」に来て、咳ばかりしてましたが、とうとう大人を動かして「煙の無い町を作ろう」と以前住んでいた町のように「ガス燃料」を勧めました。そしてこの町は、朝夕の煮炊きの煙は全くなくなって、青空が見えるようになったのです。煙は脳にも悪いし、放射線も癌だけではなく、吸いこんだら脳内にも影響うするのです。つまり、脳内酸素を無くしてしまうのですから、「放射線は透明な目に見えない脳内有害物質」なのです。信用してはいけないでしょう。


No.2598 (2015/12/23 13:51:50 (JST))  
[九州電力・川内原発で「免震重要棟は建設せず」]
 陣内  URL:

さる17日になって、九州電力は上記の発表を行った。
原子力安全委員会では
「免震重要棟とかわらない設備であれば、それは容認できる」
と述べ、また九州電力側は
「同業他社との横並びを意図した」
とのことで、今後、再稼働の許認可を受けた原発では、いずれも免震重要棟の設置は行われないだろう、との見通しを述べた。

さらに、先週土曜日、ある民放テレビ番組に出てきた山本太郎議員によると
「現在福島県の未成年者に130数名の甲状腺がん発症者もしくはそれが疑わしい人がでtきている。甲状腺がんの発生頻度は100マン人に1人であるが、福島県での分母は30数万人である。
このことについて、福島県立医大の検査チームは”原発との因果関係は全く認められない」としているらしい。

そして、月曜日に実施された川内原発では、拡声器の音が出ない等、信じがたい不手際が頻出した、といい、住民たちからは一斉に「訓練実施の意味がない」という声が聴かれたが電力会社側は「重要なデータが得られたとても有意義な会だった」とどこ吹く風だったという。


No.2597 (2015/12/23 10:59:22 (JST))  
[今朝の放送ー天皇のお言葉は、「罪も無い国民を犠牲にするような事にしないように」と。]
 天皇は国民の味方をされた  URL:

今朝、天皇が「罪も無い国民を犠牲にするような事はしないように」とテレビで報道された。このサイトの主張を支援されたものである。憲法学者を支持されたと思う。大きな力を貰ったのだ。誰が聞いてもこれに意を唱える者はいない。これが人道の基本であるからだ。政府は今まで国民がいくらいっても「聞く耳は持たなかった」女性議員でさえもだ。天皇は国民の味方をされたのである。今の政治がいかに国民をないがしろにしているか、いかに、自分たちの党利党略ばかり狙い、この国を支配しようとしていたか誰もがもう気が付かねばならないということである。一人一人が「深く反省しなければならないだろう」中央に国民の税金を集めて、一政党がこれを自由に使う中身を議会も開かないで「独裁で決めている」ことが「議会制民主主義」に違法だという事を無視しているからである。この国の議会をないがしろにすることを平気な政府である。政府は「異常で違法精神をしすぎた」ということで、大きなパンチを食らって初めて「やりすぎた」事に気が付くべきだ。これまで「正当化」ばかりいってきた事は、それはもう通らないということである。金で人を買う精神はもう改めねばならないだろう。


No.2596 (2015/12/23 08:29:21 (JST))  
[公営放送の電波障害]
 受信料は返還するべき  URL:

最近の暴風雨で、NHK放送テレビ画面は、ハチャ滅茶に壊れている。他の民放は、暴風雨が去ったらとたんに画面は元に戻ってきれいに移るのにだ。最近全然見れない。NHKには、税金も投入され、さらに受信料も払っているのに、こういう、たびたび電波障害にすぐになるような公営放送では、受信料は返還するべきではないか?民放に比べ地デジ公営放送はボロと言える。建物に200億円も使うなら、電波障害が起こらないように工夫するべきではないか?受信料の無い民放に見習うべきだ。なにかクレームがつくと、「反論したり、言い訳したり、嫌がらせいったり」では、「反省」しないから、良くなるはずがない。民間業者は、売り上げに影響があるから、常に「クレームには誠実に対応する。クレームを「嫌がる」のは「税金が投入されているから、何言われても、困らない」という「親方日の丸」での甘えがあるために、「改善意欲が失われる」という「マンネリ化」が生ずる。何かあれば、「受信料の値下げをする」という処置をするべきではないか?それが「損害に対する弁償」ではないか?受信料は「寄付ではない」電波障害があって国民は何も言わないからと甘えているのではないか?国民は昼間は受信料を稼ぐために汗水垂らしてこの寒いのに、外販活動をしている。そして、帰ってきたら電波が乱れて見れないなどは、詐欺に等しい。国民の納税のための苦労を忘れているのではないか?
公営放送は最善の良質な電波を構築すべき。


No.2595 (2015/12/22 16:01:35 (JST))  
[国民は、「養うものが多すぎる」ー国民をいじめるものは養えない]
 焼け石に水ー「国民には権利はいらない」という「国民いじめ者には歳費支給停止するべき  URL:

国民は自分の子供を養うのに必死である。したがって、国民の税金をいかに多く搾取しようかと企む公務員や国会議員や不正非課税者や扶養者や不正生活保護者などはもう国民は背中には背負えなくなってきた。最近」ある地方で「プレミアム商品券」を一人10万円しか買えないのに、方々に手配して300万円分購入した公務員が30万円も稼いでいたという。そのことがテレビで話題になった時に、ある芸能人が「それが法に違反してないなら問題にする必要が無い。話題にしては可哀そうだ」と言っていた。しかし、「プレミアム商品券」によるいわば税金の還元の無い納税者にとっては、唯一の還元であるのを、税金を食っているばかりで還元しない公務員が一人占めして一人1万円の還元額を守っている納税者より多く取ろうと画策すること自体が問題ではないか?公務員だけではない、お金持ちがこの商品券を買い占めて還元額を独り占めするために、この「還元サービス」が廃止になってしまうのである。これを、許す考え方は、「搾取してもいい」ということになり、「金持っている人が優遇されていい」という考え方になるので「公平なサービス」が公平でなくなり、挙句の果てには「還元して救済する」という崇高なサービスが「狡猾な人間により悪用される」結果を産むのである。今回は「公務員が「この還元サービス」を悪用したから、公になったが、公務員以外の者も悪用しかねないということであるから、「一人10万円まで」とか決まっている制度を悪用した者は、倍にして返納すべきではないか?彼らが買い占めたばかりにこの商品券を買う事ができなくなった住民もいるのだから、「買占めを問題にするのは可哀そうだ」とい
う人の意見はおかしい。安易に考えて結論を出して、他の意見を封じ込めて「悪用」を認める事を往々にしがちだが、「これを問題に取り上げたメデイアの方が正しい」と言える。買い占めてはいけない商品券を買い占めて不当に儲けた人を「可哀そう」とは言えないだろう?つまりは「この可哀そう」ロいう言葉に「変」と思いながら同調せざるを得ない周りの人の「しかし、そういう買占めで、変えなくなった人は還元が得られないから、制度は守らねば」という反論が無かった事が、引いては「憲法違反者」を容認する風潮になるということである。「言い返す言葉が無ければ、言葉巧みな者に、悪を強いられるという事になるのである。裁判員制度でこれを問われた時に「はたしてこの公務員を「可哀そうだ」で片づけられるかどうかである。「買占めをしてはいけない制度」では「買占めはいけないことはいけない」のである。法が無い場合は「制度と道徳」で裁くべきである。国民は、個人の税でもうこういう公務員や国会議員は養う事が婚宴になってきた。行政改革での人員削減はやむを得ない状況である。国民から搾取するために納税金を利用してそれを資金に悪用する者は公務員或いは国会議員にはなれない。そして、国民の権利を奪おうと「国民には権利はいらない」と「国民を家畜扱い呼ばわりした国会議員には、国民の納税金である所得税や医療保険税などの恩恵を与えてはならない。歳費支給は停止すべきである。こういう輩を養う義務は国民にはない。これでは「税金はいくらあっても足りない」焼け石に水である。


No.2594 (2015/12/22 13:24:05 (JST))  
[橋下前大阪市長「W選挙で憲法改正だ」]
 陣内  URL:

一昨日、橋下氏は松井大阪府知事とともに、安倍首相、菅官房長官と3.5時間にわたり会食したという。
大半の新聞記者は、「政局からみの会談であったことは間違いない」とみている模様だ。

おそらく、橋下氏の論法は
「野党の連携体制が整わないうちに、不意打ちで解散まで行えば、前回の選挙のように対象できる」
というものであったはずだ。
しかし、安倍氏はどう回答しただろうか?
彼はとことん姑息な手段を模索するおとこだ。そういう意味で。政治技術は橋下の1枚上を行っている。
なにしろ、中曽根元首相でさえ、憲法改正は言い出さなかった。
あるとき、宮沢喜一はこう言った。
「今の憲法で、どこに不備があるのか?何か問題は出ているのか?」
おそらく、これこそ国民の翻意だろう。むしおろ「問題」が出ているのはアメリカ側の資金力であり、それをいっちゃあ、おしまいだから、言い出せないでいる。

日本と中国が戦争を始めたとき、本当にアメリカは出てきてくれるのか?
日本の軍事の専門家の多くは「出てこないだろう」と腹の中では思っている。安倍氏はどうだろうか?半信半疑だろう。おそらく、こっけいなことに橋下だけが、それを猛進しているわけだ。

その反面、中国は日本に対して嫌がらせはできても、戦端は開けない。日本がやろうと思えば。中国を崩壊させるだけの手立ては持っているからだ。
北朝鮮にしても、今、世界中でまとまった金をくれそうなのは日本だけなのである。そんな国をこれ以上怒らせるはずはない。

もっといえば、「憲法を改正しないデメリット」については橋下は雄弁にしゃべるが、「憲法を改正した場合のデメリットは全く頭にないようだ。

そして致命的なのは、橋下の政権入りについては、あそらくアメリカは容認しないだろう。橋下とはアメリカが最も嫌う人格の持ち主だから。
日本在住のアメリカ人文化勲章受章者にドナルド・キーンというかたがおられる。
氏は橋下が、かつて、文楽への補助金の予算出費を「ばからしい」としてやめようとしたことに腹を立てていた。
橋下は、「アメリカ人とはそういう人種だ」ということに気づかなければならないし、それはできない相談だろう。


No.2593 (2015/12/22 07:06:57 (JST))  
[選挙対策のばらまきの3万円の財源は?子供手当の廃止だった。]
 自国の乳児が救済できなくて、何が人道か!  URL:

自民党与党の政策のやり方は、かならず、何か予算を使う時には、国民に支給している財源を減らして製作する。あっちへやれば、こっちを減らすというやり方である。今回は、与党の人気取のための「ばらまき財源」を、子供手当から支給している。つまり、乳幼児の食べ物を減らして、大人に配ったということだ。このような政策のどこが「正しい」と言えるのか?自民津は弱者から搾取して弱者を救済するという政策であり。強者から弱者へという仕組みを適用せず、弱者から搾取して強者へとか、超弱者から弱者へというような、非人道的なやり方をしている。働けない乳幼児のミルク代を取り上げて、働ける大人へ配っているこの政府のどこが政府と言えるのか?憲法違反者は、乳幼児を切り捨てようとしているということだ。子供のいない国になる日本にしようとしているということだ。若者はもう子供を持てないだろう。子供のいない人たちの「子供を持つ人へのいじめ」とも思われる。将来の納税者は居なくなってしまうということだ。戦国時代には「くち減らし」という言葉があった。戦争のために子供を抱えていては邪魔だと少女のころから、「娼婦」に出されていた時代は、明治維新政府もやっていた。長州藩から出た藩士政府のやり方は今も変わらない「子供」を粗末にする。戦前、少年兵を大人がいじめて自分たちの慰め者にして最後は「特攻飛行隊や、人間魚雷や、人間潜水隊にして自爆させた戦前の軍国主義者達が今また横行して「子供を粗末にする政策」をしているということだ。戦前の政府の後継者が総理だからだ。もう、戦前の忌まわしい軍国主義者達は一掃しなかれば、日本は再び忌まわしい過去に戻っているではないか?
この政府は「人道のなんたるか」がわかってない。「人道とは自分たち政府のパフォーマンス道具」としか扱ってないではないか?自国の乳児が救済できなくて、何が人道か!
乳幼児には稼ぐ力がなく、親頼みで生きているのを、ミルク代を取り上げたこの政府は「鬼」ではないか?保育代を安くするのは働ける親だけが恩恵を受けるものだ。授乳中の母親は働けない。この政府は保育所に行く前の段階の身動きできない介護中のような授乳中の母親を救済できないのでは、保育所に行く前に授乳中の段階で「子」は餓死する。子供が無い総理の「育児段階がわからない」からこういう政策を平気でするのだろう。しかし、与党の女性は独身ばかりではないだろう?自民党与党には母性がない女性大臣ばかりなのか?こういうことをする政府では、この国の少子化は、子供を嫌いな政府によってますます進むだろう。政府は「乳児を粗末にして、幼児の保育料を助けている」。これでは、幼児になる前に乳児段階で子供は餓死するいうことになる。政策は、大間違いではないか?無能な政府と言えるのではないか?


No.2592 (2015/12/21 08:11:54 (JST))  
[信じられない「憲法違反政党」]
 憲法違反者がどういう人格か、その仲間ではないか?  URL:

憲法をないがしろにする人間や政党を信じられるか?憲法を守らない人達がどういう人かわかっているだろう?その仲間入りを与党がしているということだ。憲法を守らない与党はどこの国にもいない。日本とISだけではないか?人道の恥。憲法をないがしろにすることは、国民をないがしろにする、ということだ。なぜなら、「日本国憲法」は「国民を主権者として「守る憲法」であり、民主主義憲法であるということだ。だから、これを無くそうとすることは「国民なんか権利はいらない」と自民党の議員達が堂々と言っているように「国民のすべての権利をはく奪しようとしている政党が今の与党」である、と言える。
国民の権利を取り上げて、「自分たちだけの政治をしようとしている政党」である。その証拠に「議会制民主主義」を既に「ないがしろにし始めている」ではないか?国会議員は「国民の民意の代弁者として選ばれているのに、その「民意なんか聞きたくない」と国会を開かないのだから、与党自身は「代弁者としての議員資格を放棄している」ということである。従って「職務放棄であるから、国会議員の資格は無いではないか?国家権力の濫用を平気でしているということだ。国家権力を振りかざして、裁判権まで仕切ろうとしている政府は「正道」とは言えないだろう?この政府は、国民の権利を、「国民に相談なし」に
取り上げて、自分のしたい政策だけをしようとしているではないか?こういう政党を信じられるのか?と国民に聞きたい。国民は人間扱いされてないのではないか?


No.2591 (2015/12/20 15:52:54 (JST))  
[冬になると雷がなるがこれを「ブリ起こし」という]
 そして「ぶり」が湧いてくる  URL:

今年は「ぶり起こし」は海に落ちた。何本もの稲光が日本海に落ちたところを撮影した人がいたのだ。陸には雷はあまり落ちなかったから、「今年はぶり起こし」が鳴らないなあといていたが、そろそろ取れだしたようだ。調理は「ブリ大根」が美味い。大根に魚の味がしみて冬が来たらこれを食べて、「季節を感じる」のだ。今年も一年、安倍総理にかきまぜられた年だったなあと思う。お疲れさんだ。政府は、今年をどう振り返っていつのかなあ。反省は「やりすぎたなあ」だろう?来年、テロがどう出るか、怖い気がする。政治家の皆さんは自重しなければならないだろう。来年はサル年、何が去って何が残るか、戦前も終戦の前の年は、サル年で、勝ち運は去ってしまった。今からではもう遅い。次の年がとり年だから、取り戻せるかも知れないが。反省は「自分のためにだけに反省していたら、足をすくわれるだろう」反省は「人の事を思いやってこそ反省と言える」のである。世の中は一人で仕切れるものではない、と反省するべきであろう。


No.2590 (2015/12/19 13:16:33 (JST))  
[山口組分裂の真相は、こうだ]
 陣内  URL:

かなりけばい言い方をしてしまいましたが。
さる11月、数名の日本人がアメリカ合衆国政府から国外退去の命令を受けた。
この話はどこのマスコミも知らぬ顔を決め込んだわけで、日本もけっこう中国や北朝鮮を笑えた話ではないな。

この数名はどうも、ニューヨーク市場で株の荒稼ぎをやって米国側の投資銀行を相当なピンチに追い込んだらしい。
おかげで、ここ数日のNY市場は専門家でさえ混乱するわけのわからない相場になってしまった。
しかし、このこと自体には、違法性は全くない。
アメリカ政府の処置は全くの違法だ。

さらに、アメリカ政府は日本政府に対して、山口組の解体を強く求めた。
その一環が、組の分裂であったわけだ。
近年になって、加藤嵩の逮捕や村上ファンドへの強制捜査も、日本政府としてはアメリカ政府に
「安心してください。ちゃんとやってますから」
というメッセージのつもりなのだ。
しかし、今でも暴力団とつるんでいる政治家の数は少なくない。
そこまでぶちあたったら、どうするつもりだろう?

ちなみに、「パンツ大臣」こと高木氏には「解雇」というクリスマスプレゼントが用意されているもようだが。


No.2589 (2015/12/18 13:09:24 (JST))  
[二つの不思議]
 陣内  URL:

株価が上がっている。
理由はアメリカの利上げである。
ただし、アメリカ相場は下げた。上げ続けているのは日本など他国だ。
「利上げはアメリカ経済が堅調な証拠だ」
政府やマスコミの説明だ。
だが、アメリカ政府はすでに2000兆円程度の国債を発行している。QEが4.5兆ドルで国有化した住宅担保証券が5.3兆ドルある。さらに、一時国有化している企業の債務等を加えると、総額では4000兆円規模になる。
加えて、民間ベースの債務はわかっているだけでも100兆ドルはある。
これらの利払いだけで、アメリカがパンクするであろうことは必至なはずだ。
ではどうするのか?
アメリカは利上げにより集まってくる大量の資金で、外国(アメリカにとって)の株や土地、為替などに大混乱を引き起こし、ドサクサに紛れて金を儲けて逃げようというのであろう。
ここ数日で日本株は700円ほどあがったが、書いてのほとんどは外国勢ではなく、日本人である、という。
まさかこんな時期に株を買う度胸のある人はいないだろうから、公的資金の介入と見られている。
これでは、利益を中抜きされるだけがオチである。

もう一つの不思議は、依然としてTPP全文(ニュージーランド政府発表)の翻訳が出てこないことだ。
すでに言ったとおり、わずか2000ページの翻訳など、2-3日もあれば追われる民間業者は都内だけでもごろごろしている。
「長くて遅れております」という外務省の言い訳が嘘なのはあきらかだ。
政府の予定では、1月中には批准を通してしまい、その後で全文翻訳を発表しようというものらしい。
「本当のことが知りたいから、私は東京新聞」(米倉涼子)
というわけで、東京新聞などに少しずつでてきている翻訳文を見ると、ずいぶん政府の発表とは違う内容が書かれている。
おそらく、通常国会開幕ごろまでには、心ある民間人のだれかが全訳を公表するだろう。
そのとき、政府はどういいわけするつもりなのか?
もちろん、野党の岡田とか前原とか江田といった腑抜けどもにも発言の資格はない。
最近では「ヨトウ」でもない「ヤトウ」でもない「ゆ党」という政治勢力もあるらしい。すでに国民を刺激する魅力も能力も失っているのに、必至に政権入りを画策しているのか?

みなさん。前文公表のおりは、声を上げましょう。
われわれの税金があっさりアメリカに持っていかれるだけですから。


No.2588 (2015/12/18 09:31:43 (JST))  
[サルはなぜ人間になれなかったか「反省だけならサルでもする」]
 幼児から教えるべき「他を思いやってこそ反省と言える  URL:

失敗した時に反省してこそ人間になれるが、サルはなぜ人間になれなかったのか?死んで後の世に人間として生まれるか、家畜として生まれるかは「反省」の仕方によって決まるのだと思う。失敗した、叱られた時にサルは何べんも反省してこうやればいいのか、と訓練され一人前になっていく。人間も同じである。例えば、サルが、人の家の柿の実を取ろうとした時に、家の者が出てきて追い払われた場合、「次は、家の者がいるかいないかを見届けてから取ろう、と反省する」つまり、「自分のために反省するだけ」しかできない。「自分の欲望の食欲を満たすために、反省する」ということである。人間が「柿の実を楽しみにして木を育てた努力」など「考慮に入れない」というか入れられない。なぜなら、「自分の食欲を満たすために他人の物を平気で取る」しか考えられないからだ。そして「人の物を獲る」ことに「何の罪も感じない」からだ。人間も「人の者を盗むことが罪」だと教えられなかったら、「サル」のようになる。「人の物を盗むことは罪である」ということを教えているのは「法律である」が、小学校の教育には「法」を教えない。親が教えるしかないのであるが、親がこれを教えない層がある。金持ち層はこれを教えない。金が余っているからである。従って、そういう「泥棒は罪」と教えられなかった子供が大きくなって、貧困になれば「貧すれば貪する」というありさまを平気でやるようになるのだ。しかし、そういう犯罪者が多くなって、テレビで報道するから「これは罪なのだ」と子供が悟る。そのテレビをみない子や見ていても親が教えない場合は、「罪だと感じない」
また、「法」を無視する政治では、子供たちは何が正しいのかわからなくなって、ISに入る若者が育つのである。つまり、人間は、政治によって「サル化」しているという「人類の退化」が始まっている。という状況である。「人を殺戮してはいけない」という戒めは「道徳だけでは取り締まれない」教育期間で「道徳と法」を同時に教えるべきではないか?なぜこういう方ができたのか。を道徳で教えるべきである。つまり、「これは人間を悲しませるものであるから法律で戒めているんだよ」と原因と法の成り立ちを言わなければ子供は覚えられない」大泥棒の「石川五右衛門」」は、子供頃「泥棒が罪」とわからなかった頃、親が生活に苦しんでいるのを見て、金を見せびらかしている金持ちの金を盗んで親に渡したら「親が涙を出して喜び、頭を撫でてくれた」ために、泥棒を繰り返すようになったと、捉えられた時に述懐したという。そして、五右衛門の罪は「窯湯で」の罰を受けたのである。これによって、日本では泥棒すれば怖い罰があるよという事が世間に触れ回ったのである。何よりも人間の一生の信用を無くすということが一番の罰であろう。反省しても再び同じこと繰り返す者に与えられる罰であった。
最近の若者の殺人には目に余るものがある。これは大人のせいである。子供はまだ「サル」の脳である。学校という訓練期間中にきっちり「殺人は罪」と教えるべきではないか?ところが、「なぜ「殺人」はいけないのか?」という子供の疑問に答えられない大人がいれば子供は「理解できない」そしてそういう大人に育てられた者が、法を盾にした犯罪を犯すようになるのだ。今の若者が「少年法」を盾にして殺人をしているが、「殺人」は少年であろうとなかろうと「罪になる」事をきっちり教えるべきである。「殺傷することは禁止」を幼児から教えるべきである。「例えば、カレーライス美味しかった?死んだらこれを食べられないんだよ。殺された人は食べたくても食べられないでしょう?可哀そうだよね。だから喧嘩はいけないし、人殺しも絶対にしたらいけないんだよ、みんなで美味しいカレーを食べられるように仲良くして喧嘩してはいけないよ」とかでもいい、人道上に「法」は道徳であることを合わせて教えなければ、子供の脳は本能で動くからである。本能から理性と知性のある人間に変えるには、「法」は人道に基づいて決められていることを教えるべきである。
「サル」になるか、「人間」になるかは教育が決め手である。「反省」が「悪事遂行のための反省」になっている人間が多いのは、「法が道徳から発している」ことを教えられていない野蛮人的本能的オオカミ人間が多いということであるからだ。
政治で言えば「自政党の延命ばかり図って他を除外する」場合は「共存共栄できない野蛮なサル」の姿であり、サルより悪いという姿である。この国は「道徳」から生まれた国であるが、戦争によって「道徳が邪魔になった者たち」により、古代からあった「殺戮を禁止する道徳法」は崩された。そして、戦後は、金銭至上主義でのマネーロンダリングしか考えられない大人が多くなってきた。明治維新では、欧米文化を取り入れたが、閣僚たちは「妻を無視し妾を着飾って鹿鳴館でパーテイに明け暮れ、公娼制度を作り明治30年まで続けて妻を家畜化した時代であったという。その子孫たちがまた出てきて、自衛隊を兵士化している制度を作ろうとしている。そして、自分たちは海外旅行に明け暮れている。こういう事では、国民の税金は自分たちを貧しくするために払っているようなものではないか!国内でも共存共栄できない人類は「サル」より悪いから、この国を悪化させる。「猛省」をしなければならないだろう。「反省とは自分のためではない。他を思いやってこそ反省と言える」のである。


No.2587 (2015/12/17 18:50:12 (JST))  
[世界大戦に至った理由は]
 全権大使の短気から起こった世界大戦  URL:

世界大戦が勃発する前に「中国が日本の侵略を国連会議に訴え、会議が開かれ、その席で日本全権大使の「松岡洋佑他数名の大臣」が国連会議の各国からの質問や抗議攻めに合い、切れて席を蹴って去る時に独断発言の「国連を脱退する!」と捨て台詞を吐いて宣言したのがきっかけであったという。天皇が「国連は決して脱退するな」と命令していたのを、大臣達は思い出して、自分の頭を何回も叩いて「しまった!」と言っていたという。本国に帰ったら「首が飛ぶ」と感じていたのだろう。しかし、本国に帰ったら「大勢の国民が旗を持って迎えてくれて、ヒーロー扱いだったらしい。そして、頭を下げて土下座しなかった事を「偉い!」とほめそやし、松岡大臣が、堂々と負けなかったという報告をしただろうから、拍手喝采だったらしい。国民が持ち上げたために、天皇は彼らを処刑できなかったということではないか天皇の命令に背きかってに「国連脱退して帰ってきた大臣達を優遇する国民の気持ちは何なのだろう?これでは、政府が勝手に戦争を起こしたといわざるを得ないではないか?彼らが帰国して軍部に「国連脱退してしまった」事を報告された軍部は、イギリスの仲介も拒否して、事実上、会議決裂であり、宣戦布告だ、開戦だとパニックになったのだろう。失敗した時に修正しない浅はかで短気な人格の大臣や軍部によって開戦させられた感がする。現在もそうである。中国と「話し合いや和平協議もせずに何の躊躇も無く「武力行使法案」を可決した政府と同じではないか?そして、その伝令を受けた海軍が、「やられる前にやれ」と真珠湾に夜襲をかけているから、まったく、まだ、国連が開戦を決める前に日本軍が先走りして攻撃したのであるから、開戦に火をつけたのは、政府の全権大使ではなかったか、何を言われても我慢ができない人格で、負けず嫌い旺盛な大臣は全権大使なんかに任命したら「喧嘩にする」ということを大戦から学んだではないか?池上忍さんの講座でもこれを取り上げていた。まったく、負けず嫌いな大臣ばかりだったという事だ。家庭で気に入らないとちゃぶ台返しをするようなわけにはいかないのだ。家庭では「妻が怒らずに黙って跡片づけするから甘えているのではないか?だれも諌めないのでわがままになるのだ。海外では言いたい放題は誤解されることを中東のISの安倍総理敵視発言からでもわかったであろう。武力行使政策でISを刺激しているのは間違いない。以後海外発言では「戦闘鼓舞」は絶対にしてはいけないということを肝の髄まで言い聞かせるべきである。


No.2586 (2015/12/17 12:10:07 (JST))  
[無税の人が海外旅行に何か国も行っているのではおかしい。]
 訴訟は被害者優先に裁くべきである  URL:

躁うつ病といって年に何回も病院に入院して医療保険税を他人に出させておきながら、退院したら海外旅行に行っていた非課税の人がいる。これって課税するべきではないか?病院も夏の避暑にと言って入院し、冬は暖房がいいからと計画的に入院する。別荘気分である。これって病気か?何か制度がおかしいのだから、改善すべき。政府はこういうことを野放ししているから税収が無いのではないか?税を浮かせて旅行に行くような非課税や無税者は取り締まるべきではないか?その人らのために出す医療保険税は旅行に使われているようなものだ。悪質ではないか?
ところで、仇討は日本の美徳とされた時代が長くあった。理由は「いわれも無い殺され方を抗議する」という精神の強さに応援するのだろう。抗議もできないでめそめそ泣いているのは「武士道に反する」からだろう。それに、世話になった人に対する忠義という美徳も備わっているから、なおさら、許されるのだ。「忠臣蔵」は、小説の世界だろうとなかろうと、これを美徳化して、武士道のなんたるかを教え伝えているのだろう。日本の武士道は今も残っているが、「仕返し的なイメージ」が強いのは、仕返しされる側の心理であって、仇討する方は、相手に抗議して当然であるから、抗議される側は猛省して謝罪すればいいのに、しないと、こじれる結果になる。「初めは抗議」から謝罪を求める者だったのが謝罪も無く反省も無く改善も無いのでは「抗議」が「暴力」になってくる。暴力的な感情になるまえに「素早く謝罪」するべきではないか?つまりは、謝罪というものを「話し合い」できないものや、どちらも、感情的になっているから、「改善」にならないのである。精神的に「負けず嫌いなもの同士」が相対関係になった場合は「暴力関係」にまで至るから、ゆめゆめ「武士道」をおろそかに考えてはいけない。海外関係もその国の武士道があるから、女性と言えども侮ってはいけないのである。謝罪しないという事は罪を認めない或いはなかったものにするというずるい人格であるから、相手には不満になるのである。最近、ある人から与えられたもので死にかけた。しかし、抗議しなかった。与えられたもの自体がその人が作ったものではなかったからだ。与えた行為を攻めるより、物自体の製造を非難したのだ。「よくもこういうものを市場に出しているねえ」とその人を許した。すると、その人は「反省して感謝したのである」それを、「与えた人が悪い」と抗議すれば「相手は名誉のために反抗的になる」ということである。相手の立場を尊重することも必要である。しかし、許されれば「ベロを出して反省しない人もいるので、甘い対応は再犯者を作る元であるから、「許す」ということが罪つくりになることも考えなければならない。反省しない事が喧嘩の元であるから、厳しく反省を促して「今後二度と同じことが起きないようにさせるべきである」抗議されたものが友人といえども、厳しくすることも大事ではないか?「君はそれでいいと思っているのか?改善になるのか?」とつねに反省を促すべきでないか?それが「真に反省する知的人間になる人格ではないか?」失敗は反省を積み重ねて人間になっていくのである。仇討はやらねばならない時は今は「訴訟」という方法もある。訴訟にすればいいかのような人間が多くなったが、その前に「話し合い」を何回も何回もしていかなければ、訴訟になれば「勝った負けたの遺恨が残る」ということになる。「安易に訴訟にしない事」は相手の立場を尊重しているからではないか?と考えたら、「それを感謝し、真に反省して関係改善する」べきである。抗議する人を遠ざけて、罪を逃れようとするずるい人間は、訴訟するしかないかもしれないが。
忠臣蔵の時代は、訴訟にするより「仇討ご免」制度があったから、そっちの方が手早く気持ちが楽になるという安易なものであった。訴訟が面倒であり、時には「お上」が罪を犯した者に丸められ、敗訴するからだ。今もそのせいか、被害者は泣き寝入りが多いのではないか?訴訟は「被害者優先」に考えるべきである。


No.2585 (2015/12/17 11:11:52 (JST))  
[もう一つの戦争文学]
 陣内  URL:

今週の月曜日の早朝、第一京浜の品川駅近くに異常ななりをした群衆の一段が突如出現した。
しかし、街行く人々は平然と「ああ、今年もそういう季節になっていたのか」と呟くだけだった。

彼らはその日吉良上野介の邸宅で吉良の首をはね、亡き主君が眠る泉岳寺までの行進を再現していたのだ。
一口に更新と言っても、相当の距離がある。おそらく2時間くらいはかかったのではないだろうか?
そして、行進の途中では、彼らの胸には「忠臣蔵」の名場面のいくつかが、去来していたであろう。
しかし、真に残念なことに、それらのエピソードの多くは、まったくのウソか原型をとどめないほどに誇張されたものばかりであった。
どうしてそういうことになったか、というと、日本人の習性として、問題の原因や本質を考察しようとするよりは、個々のエピソードを味わおう、という精神が強く働くからである。

昔、太平洋戦争が苦境に陥ったとき、「どうしてこんなありさまになったのか?」ととまどう重臣たちに昭和天皇は「だって、あいつら(戦争の指導者たち)戦争の実体験がないまま戦争をはじめてしまったんだもの」とこたえた、という。
先日マンガ家の水木しげるさんが亡くなったのであるが、彼の戦争体験記によると、南方で部隊全員が死んでしまったのだが、水木さん日土地が生き残った、と言う。
そのとき隊長さんは「おまえも死ね。そうすれば、全員玉砕という報告ができる」と平然と言ったのだという。

みなさん考えていただきたいのは、この太平洋戦争とはなぜ回線にいたったのか、今もってはっきりしない。ただムードに乗せられてはじまったようである。
終戦直前、いまだ戦争継続を訴える参謀本部の諸氏に昭和天皇は「お前らの描いたシナリオは全て成立してこなかったんだぞ」とあきれ顔で諭したのだそうだ。

結局、赤穂浪士全員は「切腹」と定められた。
大石蔵之助は石高1500石。さらには塩の相場の操縦にもたけていたので、相当の蓄財があった模様だ。
何も、討ち入りと切腹をせずとも、天寿を全うするすべはあっただろう。
しかし、討ち入りを望む江戸市民と生活に困って死に花をさかせたがっていた貧乏浪士に押されるかたちでの討ち入り虚構であった。
大石に切腹を申し渡したのは、荒木政羽という下級武士だった。大石とは旧知の仲だったそうだ。誰が見ても、喜ばしい役目とは言えなかった。
さすがに腹が立ったのか、死装束に着かえるため別室に下がろうとする大石を呼び止め、こう言った。
「これは自分の役目を超える発言であるが、念のために話しておこう。吉良家は断絶、おとりつぶしになった模様だ。」
大石はそれを聞いて顔をくしゃくしゃにして喜んだ、というが、荒木には釈然としない思いが残った。


No.2584 (2015/12/17 05:34:22 (JST))  
[戦前の世界大戦で、企業は全滅した]
 戦争を知らないで戦争を鼓舞する世代へ  URL:

戦争を鼓舞する人たちは、なぜ戦いたがるのか?戦前の世界大戦では、日本の企業は殲滅した。一大企業の80社あった企業でさえも、全部倒産し、戦後漸く立ち上がって3社しか残ってない。神戸製鋼がそうである。戦争とは国土は焼失し、経済活動は全滅し、殺戮に殺戮を繰り返す、今の中東のISと同じ状況になってしまうのだ。人間性も無くなり、動物と化す。日本人女性も慰安婦となるのでは?という不安の書き込みがありましたが、まさに、「人間性」が変貌するので、ありえない事もするようになるのです。NHKの会長の「どこの国でも戦争中は当たり前のように慰安婦がいた」というような事を示唆するかのような、せせら笑みをテレビの国会中継でみたが、「こういう人間性」になってしまうのです。経済力が全滅し、人間は戦う動物に化ける「戦闘行為」に若者が「戦争鼓舞者」に煽られてはこ、の国を失い、平和は成り立ちません。日本のような小さな国は「平和を維持するしかないのです。」また、少子化でも国を失います。若者が「無謀な戦いで死んではならない」と思います。戦後何もかも全滅した国土も焦土と化した、今の中東のIS国土と同じような事が戦前に起こっているのです。世界中の国から、日本は袋たたきにされたのです。ですから、今のISと同じ状況でした。そして、戦後は空爆で焦土と化した日本を積み木を建てるように一つ一つ積み上げて平和と信用を作り上げたのです。これを、「積み木崩し」をするかのような、軍国主義の政府が出てきて、「戦争鼓舞」をしてこの国を戦闘に巻き込もうとしているのです。これは「日本国の未来は、殺戮に殺戮を繰り返す国」になってしまいます。平和で亡くなれば「文明は育ちません」現に、戦前は文化は廃れ、文芸活動は規制され小説家は兵士に取られ、何が面白いか、毎日毎日殺戮を死に戦地に出ていたのです。そして、軍人は罪もない少年兵を壮年兵がいじめて「特攻隊」で自爆させているのです。70年経って「戦争時」の事を知らない世代が多くなったから、そろそろ「積み木」を崩す軍事態勢にしてもいいだろうと安倍総理がテレビでいっているのをみてぞっとしました。この人も戦争がなんであるかをしらないで、軍国主義者達に煽られてリベンジしたのでしょうが、この国を壊滅させるものであり、「何のメリットも国益」もなく、いったいなんためになるのでしょうか?紛争が戦闘行為を越さないように、国民は政府の「軍国主義的行動」が過激にならないように「ノ、モア、ウヲー」と叫ばなければならないと思います。安倍総理の「武装平和主義」は「国民を犠牲にしようとする」ものであり、「真の平和」ではないのです。「政府がしたい放題ができる独裁体制作り」をしているだけであり、中東参戦をさせようとしているのです。大国とつるんで参戦すれば、日本自衛隊も他国紛争に参加せざるを得ないということなのです。これを、安倍政権が「決める政府」というスローガンで決めているのですから「民意以外の勢力が安倍総理を動かしている」としか思えないのです。民意が「中東参戦」でないことは言うまでもありません。なぜなら「日本本国を守るはずの自衛隊員が、海外で死滅すること」になるからです。この政府は、あまりにも「自己顕示欲」が過ぎて「ヒットラーの世界の自滅へ自決へ」と日本を導き「70年かかって積んできた平和と経済発展と信用と国民の努力」を壊す「戦闘行為」の道を自ら入り込んでいるのですから、今までの平和国家日本は失われてしまうのです。安倍政権が中東の紛争に介入したばかりに、大国から、「参戦せよ参戦しなかれば難民を受け入れよ、さもなければ株や金銭を出せ」という状況になっているのですから、この総理の「自己顕示欲の言動や牛耳られる弱さ」が今の日本の苦境を招いているのではないでしょうか?危険回避ができない政府ともいえましょう。一体何のために国民を戦いに巻き込むのか、国土を焦土化するような、国益を損してまで「戦争鼓舞」をしなければならないのか?つまりは、「国民主権が妬ましくて、政権が主権者の独裁国家にしようとしている独裁主義者という人格ではないでしょうか?ということが「国民主権打倒政権」といわざるを得ません。だから、自民党内に「国民には権利はいらない」という議員を温存しているのではないでしょうか?だとすると、自民党政権は国民ではないということになります。或いは「自民党員は権利はいらない」ということです。これは「民主主義打倒」と同じことではないでしょうか?民意を無視することはすなわち「国民が主権者の民主主義を無視している」ということです。これは「民主主義の危機」でもあります。そして、安倍政権は、「政権と国民」の間に大きな差別を作ろうとしているのです。政権が上から目線になっているのは、政権は偉いが国民は馬鹿という考え方です。戦後70年かかって今の平和と経済繁栄w作ったのは国民であり。政府ではありません、これを壊しているのが政府と言わざるを得ません。そして、現政権が目指すものは「国民支配」であり、「国民家畜化」であることは、総理の命令的言動を見ればわかると思います。言葉は何のためにあるのでしょうか?自分を飾ったり、自分を正当化させるためにあるのではないのです。「武力平和主義」などという言葉は、自分のしていることを正当化させるための言葉であって、「武器」はすなわち「平和を壊す準備行為」であり、武器を持てば使おうよと誘いがかかることは否めません。「武器は持たないに限る」と日本国は自ら「戦争放棄」の憲法に賛同しました。世界の平和の先導をなしたのですから、世界中から尊敬されていましたのに、「自己の顕示欲に溺れた人格が、自分がヒーローになりたくて前面に出てきて、戦争鼓舞をしている」姿はまったく「平和ではありません」戦後「戦争鼓舞者」は糾弾されました。なぜなら「憲法の戦争放棄」に違反するからです。それを、戦前の戦争鼓舞者の子孫たちが世襲で政権を取って、「再び戦闘鼓舞」をしているのですから、これを許してはならないでしょう。あくまで「憲法違反者」ということですから。世界は「戦争放棄」をした国は「不可侵国」として攻めてはならないのですから、ISさえも「日本はsン巣をしない国」として認めていたのに、自ら「飛んで火にいる行為の戦争する体制」に持って行っている「安倍政権の浅はかさ」が危険を招いているのです。しかもISは安倍総理個人に挑戦状を突きつけているのを、自衛隊員を使って自分を守らせようとしているという「個人的な防衛」のために自衛隊を使っている越権行為だといわざるを得ません。こういう事では、この国の頭つまりトップを変えなければ「日本国の危険」は未来永劫「恨み」を買う結果になるのです。自民党は「安倍総理」に責任を取らせるごとく、だれも総理になりたがりません。そしてそれをいいことにして、どんどん軍拡をしているのですから、ますます日本は戦闘行為のドツボに入っていくという事です。こういう軍国主義政府に任せていれば、この国は未来永劫「殺戮を繰り返し憎悪と遺恨を残す国」になってしまうのではないでしょうか。戦後は「武器ではなく経済戦争」で日本は勝ちました。殺戮をすることなく勝てたのです。それを自ら殺戮をしなければならないような政策の「武力行使」を言い出してしまったのは現政府であり、これにより国家予算は天下に回らず、他国対策に逃げ得いるのですから、経済も破滅させているのです。この政府では経済は破滅することはもう目の前に遭わられているではありませんか。そのために、銀行も将棋倒しになってくるのです。しかも大企業にも介入し、破滅に追いやるような言動もしているのです。それは、政府の大企業の持つ権力に対する攻撃とも取れるのです。それが「義務と罰」の強制的政策強行です。また、「法的手段による処置」という言動です。これは経済界を支配しようとする言動です。経営者がこの安倍総理を持ち上げているのですから支配下に置こうとしているのです。従って企業の内部留保をよこせという結果になってくるのです。そして、その内部留保が企業年金になっている国民をも攻めたてているのです。しかし、企業年金支給は終身支給ではなく15年で打ち切りです。これが無くなれば税収も落ちてくるのです。企業年金を支給されもこれは国の財源となっていたのを打ち切られたら、国民も苦しくなるが政府も税収がどんと落ちる政策をしているということなのです。。「人を困らせば自分も困る結果になる」という「因果応報」を知らない政策です。無知な政府がすることです。この政府はあまりにも「幼稚」ではないでしょうか?信頼に欠ける政府といえましょう。大体権力者が弱者に対して「沖縄裁判を起こす」という事自体が「民意」より「我意優先の」わがまま政府ではないでしょうか?「国会議員」は「代議士」です。国民の代弁者であり「我意」より「民意優先」であり、「民意」で政策を決めるべきであるのを「国会をシャットアウト」して「民意」を聞かない政府は政府とは言えないでしょう。この政府は、自作自演政府としかいいようがありませんから国民には迷惑な政府ではないでしょうか。


No.2583 (2015/12/16 21:07:54 (JST))  
[2579訂正]
 悪意に乗る政府では頼りない  URL:

集団的自衛権は2015だった。2014年は「安倍総理が12月に再選された年だ」かれは「し残したことがあった」としてリベンジしている。そして当選した暁には「武力行使法案」を出している。法案はすでに作っていて、再選されているから、つまりは、「軍事政権を作ること」が「し残した事」ではないか?これが2014年の政府の姿だった。そして10月には中東にいって「ISと戦っている国」を激励してIsに敵視された。今まで日本は戦争には関係ない国だと思っていたというISの信頼を裏切ったのは安倍総理が「軍事国家を目指したからだ。」といえる。軍事国家では女性は何の役にも立たないがごとく「600兆円稼げ」と言い出した。この言葉は「主婦に介護の仕事をしろ」というものであるから、女性に在宅老人を見させようという仕事を命令している。そして、自衛隊は集団的自衛権で支配したから、今度は国民を「命令」で支配しようとするものであり、つまりは、安倍総理は海外他国対策ではなく、国内支配がしたくて「集団的自衛権」で自衛隊を他国へ追い払ったということではないか?そしてし残した事が「憲法改正」であるから、これを今無視しているがこれは「安倍憲法」を作ろうとしている姿であるといわざるを得ない。軍事政権を作り「自民と憲法」を作ることが何を意味しているか、イコール独裁政権国家であるといえる。これは、ヒットラーが築いたあのおぞましい独裁国家ではないか?麻生大臣の失言の「ヒットラーを真似ろ」という言葉は失言では終わらななかったという事である。2014年にこの国の政府の中に「ヒットラーの残党がいて、政権や総理を牛耳る者が入り込んだともいえる。国民は「武力行使法案」が突然出てきた時から「変」と感じていた。70年間かかって平和と信用の積み木を積んできたのを、妬む他国人が入り込んで「積み木崩し」をしているのだろうか?その気配は「中国と日本を喧嘩させようとする演説が在日台湾人の老女によってあった。その講演内容は中国敵視講演であった。自分が総理をリベンジさせたなどとうそぶいていたが、その目的が「中国との喧嘩をさせて経済大国になった日本を崩そうとする発言」であったのだ。だから、総理の近辺には日本を紛争に陥れようとする勢力が引っ付いているということだ。その在日台湾人は「台湾のブラックリストにのっていて、台湾を恨み、なぜか中国も恨んでいるから「中国人敵視発言」をして、日本人に「中国がそんなに好きなら日本を出て中国に行け」などと発言した。問題発言である。そういう人が総理の仲間にいるから、その影響が政府にもあるということだ。そういう憎しみを日本人に植え付けて、何の罪もない中国人や日本人を戦闘に巻き込んで経済も何もかも崩していこうとする他国人がいることに気を付けてもらいたい。彼らの憎しみに付き合って、日本国の行く道を間違えないでほしいものだ。憎悪からは憎悪しか生まれない。人間は動物と違って「言葉」を持っている。それを「人と人が戦うために使ってはい行けないのである。そして年甲斐も無く「戦闘」を煽っても、中国もアメリカも大きい心で「戦闘はしない」と決めたのだから、講演は無駄ではなかったか?目的の利益はなんだったのか?と聞きたいがその老婆は「海外とつながっているから、海外の武器商人とつながっていたかもしれない。それであれば、彼女の講演での「中国憎悪発言の真意」はそこにあるのかと疑惑が湧く。しかし、このサイトは「アジアを戦闘地にしない」運動をしたので、その悪意からアジアの戦闘を避けることに貢献した。いろいろな悪意がこういう紛争に乗じて入り込むが、我々日本人はそれに乗じてはならない事をみんなで誓い合わねばならないだろう。政治家は特にである。国の政府が安易に悪意に乗らないように「褌を占めて政策にあたるべき」である。日本は「永世中立国」であり、不可侵条約もある。これを政府は旗しるしにすべきではないか?


No.2582 (2015/12/16 17:33:06 (JST))  
[「決められる政府」が「投資政策」を決めて失敗したら責任を国民の金で賄うのは「責任転嫁」]
 独裁独断で「決めた政府」の責任である。  URL:

投資政策での買い支えの財源は?国民の民間サラリーマンが積み立てている厚生年金基金を投資に回しているが、これの投資減少は、政府の介入によるものなのか?まさか、株の買い支えに使っているのではないだろうな?野党はこれを調査すべきではないか?何も知らされないで、「投資損額7兆円でしたあ」と言われても納得がいかないだろう?政府は投資に来るって「自転車操業なのではないか?だから、老人の預金を狙うような山賊みたいな政策をするのだろう。それがマイナンバーに入れる預金情報であり、預金の多い人は政府が搾取するというのだろう。これでは、年金で食べていけない国民がその時のために貯めた預金が政府の搾取で、食べていけなくなるということではないか?まったくこれでは、政府は山賊みたいな政策しかできないということだ。そんなことしなくてもいい方法があるではないか?年月をかけていざというときのために貯めている国民の預金のように政府も「年月をかけていざというときの預金をすればいい」のではないか?「貴重な年月をただ惰眠をむさぼっているだけ」だからこういうことになるのだ!急な資金を老人から取ろうとする情けない政府では、今後も金銭の信頼はないだろう。
老人の預金を取り上げる政策では次の選挙は選ばれないだろう。ほかにいい政策があるではないか!知恵が無いのは、人を当てにして自分の知恵を使わないから、脳内がさびているのではないか!この政府は「失敗したら国民や野党に責任を転嫁してしる」という政府だ。そして、政策実行したあと、批判されれば「野党のせいにする」がこれも武士道に反する。実行してしまった政権が責任を取るべきである。国民も無視して「独断独裁で決めた政策」は「決めた政府」の責任だろうが。


No.2581 (2015/12/16 12:17:42 (JST))  
[山田勉「まず反省から始めよ」]
 陣内  URL:

山田勉さんとは、一般には知られていない人だが、株の世界ではけっこう有名なアナリストである。
かれもまた、アベノミクス当初は株価の急上昇に大喜びしていた模様だが、最近になって考え方を変えるようになてきていた。
なぜか、というと、株の専門家なりに、数年のちにやってくることが必然的な、大変な日本の経済不況が目に見えてきたからだ。
現在は公的資金を使った「官制相場」が進行中だ。
政府が必ず株価を上げてくれる’あるいは円は安くなる)、という保証めいたものがあるのであれば、当然外国の金融屋は便乗に介入するだろう。そして、彼らは逃げ足も早い。
初期の利益さえ出れば、さっさと手仕舞いして、姿を消す。
当然、政府は買い支えに走って「日本の株式相場は健全である」と主張するだろう。
そこで、当然カラ売りをも仕掛ける。
やがて、日本政府の金庫が尽きるまで、このような狂瀾は続くだろう。

山田さんは2つのことを主張する。
「過去20年続いたデフレから脱却する(それは近い)、というがなぜ20年もの間、デフレが続いたのか、その反省はあるのか。」
「アベノミクス・第2ステージ、とは言うけれど、第1ステージの総括は全くやっていない。」
そうした安直な無責任体制の上に立って、日とをケムにまくような方向転換で乗り切ろう。お年寄りには3万円配ろう、場合によっては消費税もやめよう、という話がうまくいくはずがない。

国民も国民だ。
数年後、何が起こるのか全く想像力に欠如している。これでは東条英機の昔と全くかわるところはない。
次はTPPの教皇採決なのだろうか。


No.2580 (2015/12/16 01:14:54 (JST))  
[2579訂正ー「製材大国」は「経済大国」に訂正]
 責任を取らない事は日本武士道の恥  URL:

眠くなりましたね。zzzzzz。お休み・・・・。フアー。


No.2579 (2015/12/16 01:08:03 (JST))  
[敬愛さんへ]
 責任を取らない事は日本武士道の恥  URL:

2014年何があったかちうと「集団的自衛権強行採決」ですよ。安倍総理は、「軍国主義の臭い匂いがプンプンしていますよね」こういう世の中は、女性は何も言えない状況ですが、子供や孫のために「拒否」しなければならないでしょう。従軍慰安婦問題は戦闘になると、ストレス解消にされたかもしれないなあと思いますよ。女性の権利を認められたのは、大正時代ですが、社会のしきたりは男尊女卑がまだあるところがありますからね。娼婦制度が「公娼制度」を温存していた明治維新後の30年に廃止されたのに、その後も続いていたといいますから、慣習はなかなか治らないでしょうから。タバコだって止められない男性は多いし、酒依存症の人も直せないではないですか。日本人の男性が「紳士」だといい張られますかね。慰安婦はいなかったとは言えないでしょう。彼らは、日本人の慰安婦はいたような事を誰かが言ってましたよ。しかし、それは商売人だったとかですが、商売人だからいいとは言えないでしょうに。戦後、父親の知れない子が大量に生まれて、産婦人科医は過労死するくらいですからね。まったく、責任を取りたがらないのが日本人の男性だと思われるから、きちっと責任を示すべきです。日本武士道の沽券に係わるではないですか!恥ずかしいことだ。戦前大戦を起こしたせいで、巨大な企業が全滅しましたからね。戦争は何もかも壊す「積み木崩し」です。人格も全部怖してしまい、殺戮に殺戮を繰り返すだけに明け暮れるわけだから、経済もあったもんでは無いですよ。せっかく戦後70年平和と信用の積み木を積んできたのに、これを崩したがる人が出てくるわけですから、政府与党は慎重に選ばなければなりませんよ。崩したがる人は、日本政府を動かして崩そうとしているかもしれません。戦争に負けた日本が一時期世界一の製材大国になったのですからね。これを妬んでいる戦勝国の工作員みたいに、今年「中国敵視」を煽っておました。戦前も「相手を増悪」するマインドコントロールをして国民に戦闘意欲を煽ってましたが、これを「帰化した在日台湾人」が、地方で講演する内容が「中国が好きな人は日本を出ていけ」と煽ってました。老女ですがね。こういう「憎しみを国民に植え付ける作戦」で反対派を憎ませる手段が戦前もありましたが、この老女は台湾からはブラックリストに載って帰国できない恨みとなぜか中国にも恨みがあるらしくそれを「日本人に植え付けているのです」迷惑な話ですよね。関係ない罪もない在日中国人を妻に持つ人が会場係りにいるというのにですよ。こういういわれなき憎悪を植え付けて「日本と中国を喧嘩させようと総理に近づいて総理も煽っているのですから、「武力行使」を持ち出すきっかけは、こういう過去の恨みを持つ老人達に総理は牛耳られているのかもしれません。過去の恨みを引き継いでいては「後世に平和はありえない」から、敗戦国の責任として、賠償するべきでしょう。しかし、日本人が戦勝国によって「原爆被害者になった」ことで平和がきたのですから、そこは察してもらわねばならないでしょう。慰安婦なんていう女性をおもちゃにしたりすれば、「天照大神」は女性神ですから、罰が当たって敗戦になっているのです。少子化も神様のばちかもしれませんよ。親の罰も恐ろしいですが、天照大神の罰は、「原爆」でしたから「戦争」を起こせば、今度は国を失う事になって「日本人の住むところは無くなりますよ。遊牧民になってしまうような戦争はしてはなりません。だから、戦勝国や近隣国とは仲良くして行かなければならないということですよ。そして、日本国憲法は戦勝国が作っていますから、これを破棄したら、それこそ戦勝国に抗議される理由を作ってしまいますから、憲法は遵守する必要があるのです。民主主義憲法ですから、これを改正するような事は「アメリカ」を裏切ることになるのですよ。安倍総理はこれを無きものにして、自民党憲法を作ろうとコソコソ画策しているので、アメリカがなんだかんだと言ってくるのですよ。目をつけられていますが、国民が反対しているので、ハカリのバランスが取れているのです。国民は民主主義が大好きですからね。国民を守ってくれているのは「日本国憲法」と言えるでしょう。陰に日向にいざというときの守り神さまですね。


No.2578 (2015/12/15 22:08:13 (JST))  
[2577訂正]
 国民の金をあてにするしかない政府?  URL:

文中の「除いて」は「覗いて」に訂正。政府が老人の財布を覗くマイナンバーにするのは、無税者の預金調べだけにしてもらいたい。誰もかも統一した率で加持するべきではないか?少ない人は少ないなりに。国民の義務ではないか?


No.2577 (2015/12/15 18:30:33 (JST))  
[40兆円の目減りが政府介入で?]
 年金基金の投資も?  URL:

だとすると、年金基金の投資は、政府筋は、今最低出れば、これが上がった時は儲けになるから、黙ってろ、などといていたが、つまりは、損した40兆円をどれほど取り戻せるかであって、儲けにはならんだろう。年金基金の投資は止めさせるべきではないか?この損失どうするのか?投資ギャンッブルは「アベノリスク」ではないか?与党は年金者の金を使い込みしているのではないか?5000億円の消えた税金も解決してないではないか?金銭的に信用ゼロだね、この政府は!支持率が上がったのは、新幹線がインドで売れたからだろうが、これは円借款でつけるという。そして、自衛隊を、アメリカとインドの戦闘訓練に参加させるといっているから、自衛隊の命も新幹線も上げるよいっているようなものだ。なんか、今に丸ごと国を上げるよと言いかねない。TPPだって、世界中の大富豪が日本企業の株を狙うように門を開いているから、世界中の外資の日本企業乗っ取り合戦が始まる。これは想定してないだろうな。農業ばっかりに気を取られているから。まったく「その場限りの政府の対策」ではないか?年金基金投資損害は、政府が補てんすべき。責任を取るべきだ。年金をこそこそ引き下げているが、年金収入が200万円以上ある扶養者や、所帯主でも「非課税者」がいるのだから、そういう非課税者からも税金を払ってもらうべきではないか?生活保護者も、ある地域では、暴力団みたいな人から強要されて、非課税者扱いしているとかを他の掲示板で聞いたが、税収が無い無いといっても、そういう無税者を作っているのは政府自身だから、納税者は非課税者の医療税を払うのは馬鹿みたいではないか?さまざまなところで無駄や無税者が多いが正直者が馬鹿を見ているのではないか?これは何年間いっても成果が上がらないのは、改善するつもりがないからだろう。そして、政府も野党も言う。お年寄りがたくさん金を持っているので、それを知るためにマイナンバーを作った、と最近メデイアで述べていた。そして、それで、各自の持ち金調べをすることがわかった。だいたい、人の財布を除いて、カツアゲするようなことは、法で規制されているだろう?まったく、そういう事をしなくても、無税者を調べたらいいではないか?違法なものは課税するべきだろう?簡単な当たり前のことを怠けているから税収は上がらないのではないか?そのために、老人の病気の時の手術のための預金や子供の暮らしを応援するための預金を除いて、他人のために差し出せというのはおかしい。貸し出すのならいいが、よこせというのは、国民にも予定がある。最近、そういう「金持ち老人から弱者に預金を回す政策」をマイナンバーでやるといいだした政治家がいたから、弱者は、金持ちとみるとたかるようになって、精神科の非課税者が上から目線でものを言うようになった。自分は病気もしないで高額医療税を払い、非課税者の長期入院の支払いをしてあげているのに、当たり前のようにいい、医療税納税者を罵り「弱者を粗末にする」というのはおかしいではないか!まったく、納税して馬鹿にされるような制度では納税しているものは全く何のために納税しているかと思う!弱者が政府と一緒になって強者から搾取しているのではないかと思うほどである。納税しない弱者が贅沢三昧に旅行をして、納税者が課税のために旅行費用が出てしまい、旅行もできないという現状はおかしいのではないか?扶養者でも200万円以上の年金を支給されている人は、確定申告させて課税するべきである。まったく、不公平税制とは、無税者が多いという事ではないか?


No.2576 (2015/12/15 14:11:10 (JST))  
[軽減税率は決着したけれど]
 陣内  URL:

本日も株価は大きく値下がりし、先週来の高値から、実に1400円規模の下落となっている。
この間の時価総額の目減りは、最短距離で計算してみても、40兆円に近付いている。
おそらく、その相当多数な部分が政府筋からの介入であったかと、思われる。
しかも、このような目減りは、今後拡大することはあっても、縮小することは、到底考えられない。
1兆円と40兆円。どっちが大切か考えてみよう。

ところが、安倍政権の支持率は依然高く、特にアベノミクスという経済政策については44%近い人々が支持を表明している。
これはなぜだろうか?
おそらく、日本人というものは目の前の成果にあまりに喜びすぎる性質を持っているのだろう。

与党が与党なら野党も野党である。
国会がひらかれていないことで、野党再編競争ばかりやっているのだろうが、たとえ力は弱くとも、街頭にたって今の危険を訴えるべきではないか?

先日、1兆円が福祉・医療負担にいともやすやすと消えてしまっていることを指摘された自民党の片山さつきは
「当然、医療費の削減には手を付けなければならないのだけれど、何をどうやって進めたらいいのかわからない。」と発言していた。たしかに、ご本人の経歴から推測してみても、「わからない」ことは当然なことかも知れない。しかし、医師や製薬会社や厚生労働行政に従事する人々にとっては、イトもたやすい話であろう。
しかし、それを言えば、自分の社会的立場が胡散霧消するに決まっている。
結局、愚かな政治家を担いでおよがせておくのが最も無難なのだろう。


No.2575 (2015/12/14 18:44:44 (JST))  
[陰謀の匂い]
 敬愛  URL:

NHKの籾井会長が従軍慰安婦は戦時中どこでもあったという発言の何が危険かわかりますか?戦争が起きて日本の女性が強制連行されても戦時中どこでもあったのはあなた方の言い分でしょと開き直られてそれで終わりということです。キリスト教会が2014年まで中絶反対を繰り返し言っていたのに、パタリととまったこととあわせて、2014年何かが起こったと考えるべきと思いますが、皆さんはどう思われますか?


No.2574 (2015/12/11 21:08:00 (JST))  
[文学が残るのは「戦争小説」しかないかも?]
 文壇が残すべき小説は  URL:

文壇にお詳しいですね。近代文学者が、敗戦後に支柱を失っていたのがよくわかりました。文学が今日の様にもてはやされる時代ではなかったでしょうからね。しかし、彼らには敗戦虚無感からくる「暴力的志向」があったのではないでしょうか?人にもよりますけどね。戦争中に文学はすたれ、彼らが復活させてくれたということですね。今後は「戦争小説」や「パブリックドメイン」作品が多くなるかもしれません。司馬先生の「明治維新前夜」のドタバタ世相を題材にした小説を司馬先生が「別途筆を取らなければいけない」といっておられましたが、その小説は世に出されましたか?そのころの世相は二転も三転もしてましたね。「攘夷が倒幕」に変貌した状況が明らかにされると思いますが。私は「知っている」のですが、「筆力」が足らないものですから、小説にできないんですよ。w。「長州藩の宮廷工作があった」ということは明らかなようですよ。


No.2573 (2015/12/11 14:31:30 (JST))  
[野坂さん、安らかにご永眠を]
 陣内  URL:

野坂さんは85歳で亡くなった、と聞いて、もうそんな年齢になっておられたのか、と少し驚いた。
野坂さんが昭和42年に「ほたるの墓」と「アメリカひじき」で直木賞を受賞されたとき、「新しいタイプの作家が出てきた」と驚きの目を持ってジャーナリズムに迎えられた。

もともと、直木賞というものは、大学ごとに陣営があり(たとえば、慶応とか早稲田、まれに東大)、さらに芸風ごとに丹羽文雄部屋とか佐藤春夫部屋小島部屋などにわかれてうち弟子をするのが一般的だった。
戦後まもなくは分断も食えない人たちが多かったためか、柴田錬三郎などpは師匠の佐藤春夫に恋人を差し出して賞をもらった、などというみじめな話も残っている。

そういう中で、野坂は当時出発したばかりのテレビを舞台にCMソングや台本、コントなどを立て続けに発表して、脚光を浴びた。
その代表格は永六輔、井上ひさし、藤本義一、五木寛之らがいた。
しかし、彼らは早々とテレビからの卒業を考えていた。
あるとき、永六輔は先輩核の宮崎康平に
「きみは自分の詩を目をつむって朗唱できるか?」と問われ、それっきり作詞を辞めてしまった。
宮崎はそれ以前に「島原の子守歌」で紅白に何度か出場した盲目の詩人であり、のちに「まぼろしの邪馬台国」で菊池寛賞をもらっている。

しかし、野坂には書くべき内容に苦心していた。NHKの幼児番組に出演中、幼児を殴る、ということをやらかし、世間の批判を一手に浴びたりもした。彼は自らを「焼け跡闇市派」と自虐したが、実際には新潟県副知事を父に持つお坊ちゃんであった。しかし、だからこそ戦争体験や肉親の死はつらかったらしく、それを文学にした。しかし、NHKを切られ、さらに後輩格の五木寛之に先をこされたりしてもがくさまを小説にして泉鏡花賞をとった作品などに、本当の野坂のよさはでていた。

後年、原発の是非を巡って、石原慎太郎と何度か論戦をして、ことごとく負け去っている。
しかし、野坂を負かした石原の論理立ては、今から考えると純然たるお伽話の世界のものであり、石原はそういう世界に安住できた。それを論破できない焦燥感こそ、かえって美しく思える。
たぶん、三島由紀夫とか今の北野たけしなんかの暴力への憧れを持っていた人なのではないだろうか。


No.2572 (2015/12/11 08:30:13 (JST))  
[下]
 通り抜け  URL:

リハビリごくろうさま


No.2571 (2015/12/10 22:58:19 (JST))  
[政府は「親子の絆」を切ろうとしているのか?]
 親子の絆は死んでも切れない。  URL:

親が子を思い、子が親を思う「親子の絆」は「子を持って知る」。子を持たない人には、絶対に親の心理はわからない。子の無い人は、保育所でボランテイアをすればわかる。例えば、羽生結弦君が、自衛隊に入ることになったとしたら、親は絶対に「阻止」するだろう。そういう気持ちが「親の気持ち」である。だから、「親をいじめる政策」をする総理は、若者は「反抗する」ましてや、「金銭のはく奪」をされると自分の仕送りに影響が出る。2万円の仕送りが1万円になってしまうからだ。だから、高齢者の預貯金を狙う政策はノーである。だいたい、国民の民意も効かない、冷酷な政府に、なんで「コツコツためた預貯金をやらないといけないのか、恩返しでもなく、いじめる者に「なんで金銭を渡す」のか?国民の金銭をはく奪する政策は、「恐喝」に値するから、罪である。また、国民に稼いで納税せよというのも、権力の濫用である。出せないなら、預貯金を出させるための「600兆円目標である」のだろう?国会で説明しなければ、国民は政権の私物や子や家来あつかいではないか!「国民主権の民主主義」をないがしろにしているのではないか!政府は税金を預かる公務員であり、国民に命令する立場ではない、事を忘れないでもらいたい。政策を決定する権利はありません。国民が判断して決めるのが、議会制民主主義である。なんか勘違いしているのではないか?ヒーローでもない、ただの、「弱者から搾取しようと、あれこれいじめをしているだけの政党」ではないか?度が過ぎるのでは、国民からの信用は得られないだろう。


No.2570 (2015/12/10 16:07:03 (JST))  
[戦前の「言論の自由制圧」をしているのはだれ!]
 負担金増で「親の生活費を搾取しているのは政府ではないか?  URL:

ネット検索ではこのサイトに攻撃があったか?、検索閲覧できなくされた。他のページにも、いろいろなカラーで見えなくしたり、網を張ったりしている。戦前に、政府が「言論制圧」しているのと同じ状況だ。選挙前だから、不利な情報の書き込みは規制しているのだろう。老人に対する「負担政策」が増加していると書いた次の日は、閲覧できなくしているから、政府派の人がやったのだろうと疑惑を持つ。老人に負担を強いるのは「親いじめ」ではないか?生活が苦しくて、親から仕送りを受けている若者は多い。消費税を上げないとして昨年の選挙を勝ち戦にした政府は、税の代わりに物価を上げて、その上がった物価に対する消費税が入るようにしたから、実質消費税収は多くなっているということだ。消費税率をあげなくても消費税が入るようにと物価を政府が上げているからだ。そのために国民はあらゆる物価高にいつの間にか蓄えは消えているという状況だ。うっかりすると、年金の他に10万円支出が増えている月は多い状況だ。その親は、子育て中で働けない若者の暮らしの頼みの綱である。その親から身代金を出せというがごとしに「国への支払いが多くなる「負担増」政策は、親だけでなく子の暮らしまで将棋倒しに倒すものだから、政府に忠告しているのだ。親も子も将棋倒しにする政策では、国の景気は良くならないではないか!高額なのは物価だけではない。国の税金は万単位で上がっている。近年と5年前とでは、「税金が4万円も上がっているではないか?医療保険税は26万円から30万円を越して上がっているし、介護保険料も5千円単位で上がっている。住民税もだ。次第に公的負担金を上げているのに、高齢者の年金は、安倍政府になってから、徐々に少なくしている方針であるから、年金減、負担金税金増で、実質手取りは5万円くらい落ちている。親世代の老人から搾取すれば、子への仕送りはままならないではないか!子は子で仕事をすれば、子育てができなくなる、保育料は高いし、2人の幼児が養えない状況である。子が邪魔で虐待する親も出てきているではないか!今まで中流の親が「政府の支給減と負担増」のダブルパンチ政策で、「貧困層」に入ってきているから親も子も「1億総貧困時代」がアベノミクスで作られようとしているということではないか?言っている事とやっていることが違うのではないか?それもこれも「武力行使」などといって、武器や武装に予算を使うようになってからだ。戦闘行為を優先するような政府は国の政府とは言えないのではないか?敵でもない国を敵視すれば、この国の安保も経済もおかしくなるということである。「親をいじめれば「若者も貧困になってくる」ということがわからないか?この政府は、大学には「金持ちしか行けない」ような「差別社会」を作ろうとしているのではないか?大体、明治維新の時も「農民を兵士」にしてきた。戦前は、我々国民の親や先祖を「徴兵制度」で駆り出し、兵士として大量に死なせたのは、今の安倍政権の先祖達である。そのために、親の家業を継ぐ男たちがいなくなって、企業倒産がどーと出てきて、将棋倒しに「銀行までも倒産した」のは、戦前の武力一辺倒の独裁政権であった。今はその独裁武力政権を目指す安倍政権の政策の「投資優先政策」で、企業倒産が始まり「銀行には不良債権が溜まるという状況になりつつある。「需要無き設備投資」では、利子さえ返せなくなったというのが戦前にもあったというではないか!「軍国主義者がのさばると、国の経営はだめになる」とはこのことである。軍国主義では「国を破滅に導く」なぜなら、儲けるのは「武器商人と軍人」だけであり、その他の国民には、金が天下に回らないからである。「暮らしは破たんすることは戦前の暮らしを聞けばわかるではないか!司馬遼太郎さんが書いていたことから察するに「明治維新は生麦事件での藩士の外国人に暴力事件を起こした事件」から始まっているが、「尊王攘夷」がいつの間にか「長州藩士による倒幕」に代わり、大阪商人の「両替や」から金を借りて、外国から武器を購入した藩士たちが起こした、「国の乗っ取り」での「農民支配」ではなかったか?徳川の差別をなくすとして、各地の幕府抵抗藩士らが起こした「明治維新政府」は、その後の農民の暮らしが昭和まで戦争に駆り出されて「男手がないまま」の暮らしで困窮しているのを、自分たち元藩士たちは「文明開化」の華やかな暮らしをしていたではないか?伊藤博文は「女狂い」していたという本を読んだ。今の安倍総理は「海外遊行狂い」ではないか?貧富の差別を作っているのは、政府ではないか!そして、そういう国民の苦境を知ろうとしない「民意拒否」で「国会を開かない政府」では、民主主義国家の政府とは言えないだろう。そして、親に対して「生活費を搾取する「負担金増」「物価増」「税金増」を若者は知るべきである。


No.2569 (2015/12/09 09:22:52 (JST))  
[弱いものいじめが好きな政府は政府と言えるのか?「親いじめ政府」]
 70歳以上の医療費「負担増」!?  URL:

政府は、春に「高齢者の年金を徐々に減らしていく」という弱者に対して「兵糧攻め」をやりだし、90歳では年金を半額にすると言い出し、90歳までに年々1万円ー2万円づつ減らすと言っている。そして、さらに昨日は、70歳以上の人に医療費の負担割合を増すると言っている。国会に図らずに、独断で「弱者いじめをしている政党は「与党自民党」である。これほど「弱者いじめ」をする政党はかつていない。いや、近代では、明治維新の時に「農民を兵士に仕立て上げて、農地を没収し、農地を耕す開拓団を満州に派遣した「明治維新の長州藩士政府」がいたが、同じような考えの政治家が出てきて、「我こそは」という意気込みで「弱者いじめ」をしているではないか?弱者に対しては「強者が救う世の中」であったのを「弱者から搾取し、強者に与える」のは本末顛倒であり、その人間性は「正義」と言えるのか?弱者をさらに奴隷とする冷酷な「差別者」の姿ではないか?ヒットラーは「ナルシスト」であり、「我こそはドイツのヒーロー」とばかりに軍隊を作り「ドイツは自分が支配する」という、リベンジ政治家であった。リベンジはいいが、自分のために国を動かすという「自己権謀欲で国を支配しようと、リベンジし、ユダヤ人虐殺をした「弱者いじめ」をする姿は「ヒーローではない」単なる「金持ち権力志向者」ではないか?ユダヤ人は金持ちだからヒットラーはそれを妬んだ「嫉妬心が強いため民主主義打倒が金持ち打倒につながったから、ユダヤ人が狙われたのだろう」が、今の政府は、やたらに「高齢者に冷遇する政策」ばかり出しているではないか?
1、要介護1,2,3老人の施設からの追い出し、入所させない、2、病院のベッド数を減らし、入院数を限定して、入院をさせない、3、高齢者の年金を年々減らしていく餓死政策、4、70歳以上は、病院の医療費負担額割合を増加させる、5、農業従事者には、1兆円の輸出量を耕作する目標を掲げる、6、1億総600兆円稼げ、6、高齢者の通帳調べ 7、マイナンバーでの国民監視、など「今年に入ってからの安倍政権の「強硬な弱者いじめ」の与党には、明らかに「弱者から搾取する政策」が見え見えである。これは「国会を開かず、「国民の民意なんか無視」問う姿勢であり、国会議員の役目の「代弁者」たる資格を逸している姿である。まるで「親は虐待されている」ということである。若者は「政府が親から財産を搾取している」ということを知らねばならないだろう。親いじめをする政府は「政府」と言えるのか?自らの姿を鏡に映すべきだ。数々の政策を「決める政府」が「親いじめ政策」を決めてほしいと「だれが許可したのか?」「独裁で決めているではないか!「同意無き、民意無き政策」は許されないのが、「民主主義」である。この政府は「ヒットラーと同じ民主主義打倒政府なのか?」と疑わざるを得ない姿である。


No.2568 (2015/12/08 17:14:21 (JST))  
[歯医者にもいけない納税者]
 医療税と治療費負担増で歯抜けが増える  URL:

ふー。また、歯が抜けた・・・。抜けるたびに歯医者に行けば、医療費は歯の数ほどかかるなあ。いっそ、全部いっぺんに抜くか?嫌ですよ!ピーナッツって怖いねえ・・・。医療費の軽減税率はないの?10本過ぎたら1割負担とか・・・。そうそ、今日のニュースで政府は「70歳以上の負担割合を増やす」とかいってたなあ。1割の人を2割にするのか?政府が、負担割合を減らすはずがないよね。ドケチだから。自分たちのは、30万円のインプラントで、国民は刺し歯か入れ歯か?医療税を払っている人の負担割合を増やせば、納税と負担医療料とで、ダブル支出だから、歯医者にも行けなくなる。負担が増えたら医療税は減らすべきではないの?負担負担で、子供から老人まで「一億総お歯黒だね。^」食費より税金の方が多いから、税金の軽減税率が必要だよねえ。払っても払っても増える「負担金搾取」しかできない政府では、ケーキ食う資格はないよ。ケーキの代わりにピーナッツで我慢してくださいね。国民はピーナッツで我慢しているのだからね。


No.2567 (2015/12/07 11:41:29 (JST))  
[訂正ーマイマール憲法は「ワイマール憲法」に訂正]
 思い込みは恐ろしい  URL:

キーの打ち間違いというより、ワイをマイとおもいこんでいた脳の仕業だ。なんでも「思い込み」は恐ろしい。ある男が、女を利用するために、女の十八番の趣味を真似て、同じような事をやり出して、女より優れていることをアッピールしたが、女は自分の十八番を取られて「気力」を失ったのである。「男の思い込み」は「自分が上に立ってやれば女はついてくる」と思いこんでいるのではないか?
自分が世界を変えてやるという「思い込み」こそ他から見れば「笑止千万」ではないか?
他に介入することは、他を「役立たず」に見ている事であり、「他を信じない」ことでもある。では、見て見ぬふりをしていいのか?というと、それは「被害にあっている人を見捨てるな」ということである。
自分が正しいと思っている国の「思い込み」が紛争を産むのである。


No.2566 (2015/12/07 11:03:12 (JST))  
[「悪貨」に溺れた政権では「良貨を駆逐する」]
 国民から主権を奪い、政権が主権者として国民支配をしている。  URL:

戦争の本では、「原爆を作ったオッペンハイマー」の心が見える本もある。原爆の作り方ではなく、どういう世界状況の中で、「原爆」が作られたのか、を書いてある「オッペンハイマー」という翻訳本に、作り出したオッペンハイマーがどういう真理で作っているのかがわかる。かれは、化学が人類に及ぼす影響への実験としてだけのために作ったのではないか?と思うような冷静な人間であったというよりも、作らされたといった方がいいのかもしれない。当時のドイツに母親がいたから、この実験でドイツを攻撃することに対して「大きな揺らぎの心を秘めながら作っていた」と思う。ドイツの友人から手紙が来て「母親が会いたがっている」と聞いたときには、「一旦帰ろう」と休暇願いを上司に出しているからだ。しかし、仲間は「ドイツに入ればヒットラーに捉えられて何をさせるかわからない」と止め、上司も軍部に相談し「ドイツが原爆つくりに四苦八苦しているから、オッペンハイマーはドイツにとられてしまう」と懸念して返さないようにしたのだ。「オッペンハイマーはユダヤ人」だからであろう。これが原因で、原爆を作る望みが無くなったドイツのヒットラーは自殺している。もし、オッペンがドイツで原爆を作っていたら世界は変わっていただろう。今の民主主義は無くなり「軍国主義の世界」が続くのではないか?神様は「邪道の国」に対して厳しい措置をするということである。つまり、ヒットラーは「因果応報」で自滅したということである。つまり、「ユダヤ人虐殺」という「言われなき殺戮、大義も無く理由なき殺戮、自分の野望を果たすためにユダヤ人を嫉妬し、殺戮し、その財産を狙った狂暴な大盗賊を軍部を使ってやっている」という事が原「因」の結「果」に対して、そのユダヤ人のオッペンハイマーに「応報復」させたということになるのだ。この「オッペンハイマー」という本も読んでもらいたい。神様はどうして「ドイツではなく「アメリカ」を選ばれたのか?アメリカが民主主義国家であり「多国籍の人類を受け入れていたからであろう。」それほど、ドイツヒットラーは「排他的軍事政権」であったということである。それはそうだろう、池上さんの講義でも「ヒットラーが政治家になった時から「ユダヤ人打倒、民主主義打倒、共産主義打倒」を叫んで立候補し、過激だと一旦投獄されていたのに、その牢獄の中で、自分が国を乗っ取ろうという計画を綿密に立てて、出所後にそれを「実行している」という状況であるからだ。「国民は馬鹿だから、強い政治家に従う」という事を何回も公言してはばからなかったという。そして、経済で国民を引きつけ、どんどん盲目にしていったのだ。ドイツの場合は「ヒットラー」という策略家の野望でできた独裁主義的軍事野望政権であり宗教は関係ない。その当時に国の頂点にあった「マイマール憲法は民主主義憲法」であったが、それを倒したくて「政治の世界に入った」といえる「クーデター政治家」であった。かれは、マイマール憲法での「民主主義」を打倒するために政界に入ったが「国民から受け入れられなく、「クーデターを起こしている」として「投獄されている」。失意の果てに「躁うつ病になったが、躁の中で考え出したのが「ワイマール憲法には抵触せず「民主主義を倒して自分が主権者として君臨する方法は無いか」と投獄中に策略を考えた結果、「憲法に軍部を「追加する」というものであった。今の「安倍政権にそっくりである」つまり、自分が主権者になるための「憲法形骸化」をヒットラーが成し遂げたということであろう。与党の政治家が以前「ヒットラーに真似ろ」と総理に囁いただけではなく公言していたという策略は、「失言として謝罪された」がそれはうわべだけのことで、その後も「ヒットラー研究」はなされて策略は実行されているという状況にあるのだ。「憲法はあって無きがごとし」にされて、無抵抗の自衛隊を他国軍兵士に貸し出したのだが、この企みを神様はお見通しになったのか、アメリカは「国民主権国家であり民主主義での民意に沿って、戦闘行為しない方向」にした。良くない企みや、自分が主権者になろうとする野望は「すぐにわかる」という「世界中から見られている」事を政権は知らなければならないだろう。ヒットラーの冷酷さは国内自国民虐殺で「誰が見ても異常、狂っている」と思われていた、ということだ。それを真似れば「日本国政権も「狂人」として世界から見られる」のである。日本人は、古代から「喧嘩を禁じてきた」国であるのを、武士が自分が政権を取るために戦国時代をつくり、政権を取った徳川は200年平和を果たしたが、また「政権を取って自分が主権者になろうとする藩が現れて、天皇を利用した軍事政権が明治政府を作り、「現人神」として君臨させて「農民」を兵士にした侵略戦争に駆り出している。そして、自分たちは、「文明開化」を享受して、欧米文化の耽美で豪華な「社交界」での活躍に溺れていたのだ。つまり、「攘夷」は「坂本竜馬が海外から武器を調達し、倒幕に使うために「天皇」を利用し「勤王の志士」という農民を武士にするという事での差別解消をして、農民を利用したということではないか?そして、結果は「明治政府」の政権は、長州藩士が握ったということでもある。その政府は「明治30年まで「公妾として認め、一夫多妻制を許しているのだ」それに意義を唱えたのが、政権の歴代閣僚の妻であり、離婚をしているものが多い。だから、閣僚には後妻として妾が入っている閣僚は多かった。離婚した閣僚の妻が「女学校開設」を成している人が多く、その後「一夫多妻制度は、彼女らの運動で無くなった」安倍総理が「武力行使」をやりだした時に、「妾をもってもいいんだ、という老人がいたが、こういう過去の明治期まで戦国時代の男性優先社会が続いていたということを物語っていたのだろう。しかし、欧米文化は「女性を大事にする文化であり、その男性横暴を許さなかった」ということである。法律で妾を持つことを許されていたのは明治30年ごろまでであるが、「法が認めない事」を昭和にはいっても、その慣習は治らなかった。男の野望が勝手に慣習を維持していたということである。妻が虐げられるという時代が長く続いていたということなのだ。野望な政権が「民主主義」を壊した「ヒットラー一人が決めた民主主義打倒や、ユダヤ人の国民虐待」は、「国民支配対策」であり、明治期の「農民を兵士にして戦わせたいくつもの戦争」は、すべて野望政権が主権を取るための「農民一揆制止政策」であったということにもなるのではないか?そして、民主主義国家として「平和を構築してきて「世界に戦争をしない永世中立国」としてのイメージを日本は築いてきた。あのISでさえ、昨年、総理が中東にいって敵視したときに言った言葉は「日本は戦争をしない国だと思っていたが、安倍は戦争を煽りに中東にきたからには、日本もターゲットにする」といっている。そして今年は「安倍が攻撃を支援しているから安倍を的にして攻撃する」といっている。つまり「国や国民はターゲットではない」といっているのだ。日本国が70年間構築してきた「平和への希求や努力」は他国に信用となって若い者まで知り渡っている」ということではないか!この信用を「無くそうとしている野望政権」は「日本国民」ではないものが仕切っているということではないか?この長年の信用を一日にして「強引に消し去った自民党与党」は、自分たちの信用も落としているということであることに気が付いていないのではないか。国と国民を世界のテロから敵視させるようにした「政党主権の野望独裁政権」は、政界にはいられないのではないか?今の政治は明治期のようにはいかないのだ。長州藩士が狂った明治維新は過激な思想の藩士が起こした武器での「倒幕」というクーデターであり、民主主義ではなく、政権主権の独裁主義であった。今、それと同じ状況にしようと海外の群雄なるものの真似をした言葉が総理から飛び出している。ドイツでは戦後「はい」と手を上げる格好は「手を上にあげる時は掌であげてはいけない」とされている。ヒットラーの格好は忌み嫌われているから「真似てはいけない」とされているという。それを日本の閣僚が「真似ろ」といい、「真似ている政治家」は「愚か」ではないか?世界の状況が見えない政府では、TPPも乗り切れないだろう。経済も軍事も危険になっているのは「こういう閣僚の浅はかな言動にある」といえるから、政治家としてどうか?と思うのである。大体、国内で社会貢献できない、しない、政権なんて世界では無い野望政権ではないか?「自分さえよければいい、金さえあれば人間は操られる」などと思っている「悪貨に溺れた政権」では「良貨は駆逐する」ということである。政権閣僚が「金に執着する政治家集団」ではないか?と国民の信用を失っている事を知るべきである。


No.2565 (2015/12/07 00:03:30 (JST))  
[心に残る珠玉集の紹介ー戦争の事がわかる話の宝庫]
 是非読んでもらいたいー心を打つ話  URL:

最近の小説では、エンタメか純文学かわけがわからない。賞も「芥川賞」か「直木賞」か違いが判らなくなってきた。エンタメのようで純文学のような小説でも、いいものはいいものであるから、分けなくてもいいのではないか?とも思うが。しかし、「リアル」でもない小説もあるが、まったくありえない事でも、なんか、ありそうに書いてあれば、錯覚を起こすから、面白いのではないか?今の若い人は、戦争を知らないから、これはリアルに描いた方がいいと思う。潮文社編集部がまとめた「心に残るとっておきの話」第1集(発行 小島米雄ー潮文社)には、小説家ではない一般のさまざまな職業の国民が2−3ページで語った話が、「32話」も掲載されているが、煌めく群像の珠玉の佳話集である。その中には、戦争体験話が多い。ぎょっとするような体験である。例えば、岡山の「おとり隊」に入った兵士が、敗走中、渡された自爆弾で死のうとしたら、片足だけが飛ばされて、這いずりながら逃げていたのを、他の通りかかった兵士が自分の自爆弾を渡し「死ぬ事」を促したら、彼は、「くそ!犬死なんかできるか!」と言いながら、自爆していった。という話もある。心に残るものだから、是非、若い人らには読んでもらいたいのでご紹介するものである。こういう本が「芥川賞」になれないのは残念である。


No.2564 (2015/12/06 06:49:15 (JST))  
[2563訂正ー2行目]
 サービスの無い「カツアゲ行政」  URL:

赤子一人当たり600兆円は「600万円」に訂正。子供まで働かせようとするのは「児童に就労させるもの」で「人権違反である」まったく「国民を見れば、税金に見える」のではないか?現在の総生産性は、何人就労者がいてどのくらいの生産性なのか?消費額はどうなっているのか?など、国民に「投資が失敗しているのでお願いします」と説明するべきである。政治家は大番頭さんであり、稼ぎ手は国民であり、すでに税金で稼ぎを搾取している額はいくらなのか?なども報告するべきである。高齢者が増えているというが、亡くなっている高齢者と相殺しないで、年々増えるばかりのようにいうのも「国民を騙すものである」政府には「正直で謙虚さが無い」社会保障は消費税アップで20兆円であり、介護保険料や年金保険料からも社会保険料が20兆円入っているはずであり、残り20兆円を所得税から出せばいいという事になる。納税額が40兆円強あるから、20兆円引けば残りを「予算化すればいいではないか?」使いすぎではないか?行政の「年度内使い切り予算」を止めて「当年度予算を多く残した県には、褒美をやる」という制度にしたら、役所の電気も節約する気になるだろう?納税者にもポイントがあれば納税が嫌にならないのではないか?企業は消費者にポイントがあるところとない所があるが、すべて「ポイント」を提供するべきである。納税者も一生納税するばかりでサービスが何にもないのは「カツアゲ行政」ではないか?国民は食われてばかりで預金もできない有様である。この政府は「張り合いがなく、気力も落ちる政府」で楽しくないなあ。


No.2563 (2015/12/06 06:27:19 (JST))  
[1億総生産性600兆円目標は無茶振りである]
 国民を馬鹿にした目標  URL:

600兆円を都道府県の数で割ると、一県あたり12兆円であり、1億人で割れば赤子まで一人当たり600兆円である。生まれたての赤子がどうやって600万円稼げるか、政府に教えてもらいたい。そして、現在の生産性はいくらあって、600兆円までにはいくら不足なのかも知らせるべきだ。達成できない目標にして「達成できなかった」時の責任はどうとるのか?それも知らせてもらいたい。責任は「目標がむちゃくちゃだ」ということになるのは必須であるがそれでいいのか?目標というのは「届きそうな金額の方がやりやすいものである」この政府は「国民を奴隷に見ているから、目標を高く押し付けている」ということになる。国民は政府にとって「納税奴隷者か博打投資仲間」なのか?こんな国民を馬鹿にした目標では「やる気」も萎えてしまうわな。


No.2562 (2015/12/05 12:25:35 (JST))  
[国家テロ逃亡者の釈放について、]
 釈放された方が危ないのでは?  URL:

オウム真理教の菊池桃子逃亡者に対する裁判では「無罪釈放」となったが、彼女が「国際テロ者に狙われる確率は高くなった」と言える。もと、国家テロのサリン作りの「オウムでは「厚労部」という組織にいたからである。この殺人薬を運搬していたというのでは、あくまで「一味」である。しかもサリン作成の林死刑囚の逃亡をかくまっていたからさらに罪は深い。何の関係も無い人間のように無罪釈放はおかしい。詐欺師でも、「受け子」とか言われるものでも罪になるではないか?しかも、菊池は今後悪が引っ付いてくることになる。「仲間を逃亡させた」として何年かの刑を与えれば、留置場で反省したりする期間もあるだろうにと思う。刑が厳しいのを「いじめ」ととる人もいるが、菊池の場合は「釈放された方が危険」なのである。今後は彼女がどういう人間関係の中に入るのかで、国内が危険にならないとも限らなからである。人を悪く見るなという人もいるが、普通の犯罪ならば「罪を憎んで人を憎むな」ともいえるが、「集団的テロ行為」では、一人ひとりの罪は「あの人は無罪」「この人は有罪」という不公平にはならない。すべて罪人であり、個人的なものは刑の重さ軽さに考慮される。国家テロではさらに許されないものであるから「無罪」はないのではないか?無罪では安易にそういう宗教に入ってしまう若者が増えるという厳しい戒めでもある。広告塔としてテロ集団の信者集めをしていた者は特に罪が深いのではないか?犯罪の実行のために「医師や大学生をターゲットにしていた」から、子供が信者になって親から離されて「子供をだめにされた」親の気持ちは死んでも悔しいだろう。「子を返せ、どうしてくれるのだ」と麻原教祖が生きているだけで親の憎悪は激しいものがあるだろう。世間は「被害者の無念」を無視してないかと思う。裁判員制度は「被害者側に立った審議」をするためにある。被害者無視では「裁判員制度」はいらないだろう。本村さんの努力は水の泡になるものである。犯罪者に優しいのは時として「犯罪者をさらに悪魔にする」ものである。「心から罪を罪として認めさせなければ再犯する」事になるからである。再犯しても「下っ端だから無罪」になるのであれば、犯罪は無くならないのではないか?


No.2561 (2015/12/05 11:39:32 (JST))  
[個人情報の漏えい危機と、国のばらまき対象者の選定にたいする定義]
 国民の年収が漏えいしているのか?  URL:

最近の詐欺師は中小企業を狙ってきている。経営の困難な企業に「偽融資」を進めるものである。「融資しますよ」という誘いをかけて、それには、手付金を振り込めというこのである。この企業が経営が危ないなどという情報はどこから入っているのだろう。最近個人情報が漏えいしているが、安易に漏えいしている場合もあるから行政のしていることが、きめ細かな配慮が無いということではないか?たとえば、確定申告状況や、医療情報であるが、確定申告は、以前、TAX申告で、偽画面らしいものに税金申告をしたら、何回も送信が失敗するので四苦八苦して、漸く送信できたと思ったら、税務署に送信しましたと翌日報告したら、後日、「送信されてません」という返事があった。そして「画面に偽画面がありますからそこへ送信されたのではないでしょうか」という返事だった。「ビックリコン!」ではないか?それならそうと初めから行って貰えば、TAX申告なんかしなかったのにと思う。行政システムに入っている個人情報が漏えいする理由は、セキュリテイの不安全もあると思った。そして、国民の個人情報を把握していると思われる政治家たちや有識者たちの発言をテレビで聞いたのでさらに「ビックリコン!」であった。「この人は、年金の他にも個人年金の積み立てがあってうらやましい状況だ、みんなこれからはこういう老後の準備が必要ではないか」という発言だが、どうして政治家に年金収入などや金融資産の個人情報が入っているのか調べる必要がある。しかし、個人年金があるためにこれに対する税金は大きい。自分が乏しい給与の中から毎月20年近く少しづつ積み立ててきたのに、税金では、所得税、医療保険税、介護保険税、住民税の対象として課税され、積立額が全部税金に持っていかれるという現状である。まったく、収入が増えたのではなく、積立額が目減りした状況になる。老後のために積み立てたとは言えない状況である。例えば、所帯主の年金月額20万円以下の人がほかの保険会社で個人年金積立が満期になって月々3万円づつ年に36万円5年間支給される場合としよう。(所帯主とは、寡婦も年金は少ないまま所帯主にされる場合がある。亡夫の年金の7割から夫の国民年金を引いた額が妻の年金総額より少ない場合)この場合、所帯主であるから20万円以下でも所帯主して「各種税金が全部課税され、所得税、医療保険税、介護保険税、住民税、固定資産税」とすべて「所帯主」にかかって、個人年金積立金36万円以上は、税金にぼったくりされてしまうのである。従って、個人年金積立金があっても、国のためにはなっても、本人は月々20万円以下の暮らしをしなければならないということである。個人年金は何のために積み立てているのかというと、自分の老後の積立にはならず、他者を救済するためにしているということを覚悟してしなければならない。そして、期限の5年の後にはこれも無くなるので、社会保障税は税収が減っていくということである。しかも5年後は、老後が進んで働けなくなっているから、国の年金だけでは、税金のために「食べていけない」ということになる。せっかく「中流になった国民がほとんど低収入になっている」という状況である。ある町の医療保険税の状況はこうである。人口が1万5千人の中で「国民医療保険税支払者」は500人に満たないのである。そして、医療保険税の支払いは、次第に少なくなっていく。医療税の支払いは、病院へ支払われるものだが、赤字となっていくのである。ある町では、苦肉の策か、医療保険税を非課税者からも支払わせるようにした、年間5千円位だが、それでも、今までの「民間サラリーマン」と老人の所帯主が支払う医療保険税の「一人あたり平均年間20万円」だけでは高齢社会の病人を救済できないわけで足りないわけだから、高齢者も非課税者も扶養者もみんな「受益者負担」をしなければならないのだ。この「一人500円の受益者負担」をいじめととる人もいるが、納税者が倒産して「医療を受けられなくなっている」のだから、月に500円の医療税はなんとか非課税者も辛抱してもらわなければならないだろう。納税者が倒産したら「医療保険税は無くなってしまう」ということである。こういう、国民同士がせめぎ合いになるのも、年金額を減らしている政策が原因ではないか?国の予算が「必要でなくても使い切り予算であるからである。そのせいで、「国民の積立金を課税に搾取する政策」であったり、儲ければ、給与が上がれば「搾取する」という「搾取政策」であるからである。それに重大な事は、年金基金を「投資で7兆円なくしている」からである。国民誰もが250万円年金を目標にしようという時代もあった。それなのに、国が差別的な年金制度を作って、中流から下流へと貧困層を増やしている結果が出ている。例えば亡き夫が50年間働いて死んだ場合、年金額が40万円以上の場合夫が死んでもその妻の年金は200万円を超しても「所帯主ではなく扶養者扱い」であり「非課税」にして、夫が年金が少なくて、妻が年金が200万円以下でも「所帯主扱い」にして「超高額の課税者」にしているなどは、まったく「いわれなき差別ではないか?と思われるのである。非課税はどの妻であろうとも「年収」で決めるべきではないか?また、ばらまき税金でも「低収入者」に限るという「年収で決めるべき」である。扶養者だから支給しないとか、非課税者だから支給するという理由付けはおかしいのではないか?「年収の多い」扶養者や非課税者が、ばらまき税金の対象になるのでは「それこそ、定義を問うものである」といえる。国民年金が少ない扶養者や非課税者でも「妻に家賃収入が多い」場合もあるのだからである。例えば、国民年金だけの妻では扶養者か或いは、非課税者であるが、これにも社長の妻もいるわけで「年収が多い人と少ない人」がいる。確定申告しない人もいるわけで、あくまで「年収が少ない人」に配らねば不当搾取する人も出てくるということになる。そして、そういう高額扶養者のために「どんぶり政策」で「一括して「扶養者には支給しない」という「横着な政策」が出てきて、年収の少ない独居老人には支給されなくなっているのである。政府側から見れば「同居の老人は扶養者がいて、年金が小遣いになっていだろう」という見方であろうが、これも所帯全体の収入を見ればわかるだろうから、あくまで「所帯年と収」で決まるべきではないか?と思う。従って「独居老人の被扶養者」が必ずしも「ばらまき支給対象ではない」という理由は無い。国民の多様な生活にきめ細かな対応で決めなければ、国民の納得はないだろう。それでも面倒なら「所帯の年収」だけで決めれば「どんぶり支給」も許されるのではないか?行政の面倒臭い体質ではきめ細かな対応はできないのではないか?支給されたことがないから


No.2560 (2015/12/05 08:09:55 (JST))  
[オオカミ犬同士の喧嘩には]
 犬の喧嘩に学ぶべき  URL:

オオカミ犬同士がけんかしている場合に、止めさせようと棒で双方を叩けばどうなるか?反対に2匹が止めようとした人間達に向かってくる。こういう場合は、犬の興奮を止めるために、昔から「イヌの喧嘩には水をかける」というやり方をしてきた。「棒」では「興奮をさらに煽る」結果になるからだ。或いは、川があれば川に追い込む、などだ。犬は川を泳げるから大丈夫である。紛争を止めるのに、止める方が武力を用いるのでは相手の興奮はさらにテンションが上がるということである。「本能を沈め理性を働かせなければ、いい知恵は浮かばない」モーゼは、エジプ王の奴隷化政策に対し、奇跡を使って「奴隷解放」を果たした。有名な「モーゼの海が割れる」奇跡であるが、これは、潮の満ち引きのある海を見て、引き潮と満ち潮を利用して、奴隷を引き潮の時間に合わせて解放させたのだろう。そして、解放者には「戒律を設けた」十の戒律である。その中には「1、殺人、2姦淫、3虐待・・・・」など、人間に対する暴力の禁止」である。奴隷としてひどい目にあった事を思わせる。そして「自由」はこの律法を守る者に与えられるとしている。この十戒は日本の仏教にもある。そして、こういう十戒を侵すような輩には組してはならない、とされている。御釈迦様の教えである。だから、仏教国中国では、第二次世界大戦のときには、積極的に参戦してない。それより「人を殺すな」という指示さえ出たらしい。今も、中東の争いには関わらないようにしている。昔からある仏教が子孫末代まで教えられているのだろう。他国の紛争に介入しない姿勢は仏教からでているようだ。宗教の教義に戒めがない国では紛争は起こりやすいということである。
古老は言う「男の短気、女の悋気(嫉妬)が国も身を滅ぼす」と。恐怖心が旺盛なために、攻撃心に即スイッチを入れる男と、嫉妬心で人の物を奪いたがる女を戒めたのであろう。含蓄がある言葉出るから、ご紹介するものである。


No.2559 (2015/12/05 07:24:48 (JST))  
[オオカミ犬のDNAを持っている血統種の柴犬の攻撃性をな無くす方法]
 脳が覚える攻撃性をなくすには自制心しかない  URL:

こういう犬を飼っていてなかなか訓練が困難な場合は、「去勢」すればおとなしくなる、と獣医がいっていた。おとなしくなっても、性格は変わらず、相変わらず飼い主のいう事は聞かず、犬の仲間のところへと逃亡する。仲間とつるむという傾向は、人間にもあるが、自分が弱いから仲間を求めるのであろう。これは、オオカミの習性であるが、ある意味オオカミ犬は種を守るために知恵も働くのではないか?しかし、雑種になって人間との付き合いに知恵を働かす狐の脳は、原種の狐の頭より倍の大きさになっていたから、原種のままでは「攻撃性における知恵しか働かないため脳は小さくなる」ということではないか?ある意味「狂暴な犬は放し飼いにすると子供に被害が起こるから去勢すると医師がいっていた」事は平和な社会のためにはいいのかも知れない。自然のままがいいという人の意見を聞きたい。人類は今少子化が始まっているが、戦争で殺戮を繰り返せば、神様が生まれる前に去勢しているからかもしれないなあ、と畏れる。次世代はさらに少子化が進むだろう。子供は平和な環境で育てるものである。IS国の子供が「澄んだ瞳」と「真っ白い脳」に刻み付けられた光景は、母親が虐待される姿であれば、腦はそれを学びとして受け入れるという、「脳の機能が新しく学びによって育てられる」乳幼児期の脳の育成では、狂暴な環境では小さなオオカミのような脳しかできなくなるので、紛争地の乳幼児を救済するべきではないか?未来に狂暴な人類が再び「歴史を繰り返す」からである。大人もおめおめ子供たちに「殺戮」を教えるような事は慎むべきではないか?狂暴な事をしでかしている場合は、子供をも虐待するから、救済は必要ではないか?最近、教育界では異常な行動がみられる。物の叩きかた、壊しかた、切り方を教える人たちが現れたのであるから、子供に教えれば「味をしめて、遊びのような感覚になってしまう」のではないかと懸念したものだ。こういうことは、やってはいけない事だが、しっかりと「やってはいけないが、物を作る時だけだよ」と念を押して教えるべきではないか?世界の紛争も、「対話が無くすぐに攻撃する傾向」にあり、この様子を子供たちがテレビで面白がって、「大人になったらこういうことをやれる」とゲームが現実にあるんだと思っているのだから、「大人は子供にお手本を示すような対応」をするべきではないか?憂慮する事態は、男性社会が作っているということを反省するべきである。最近の紛争は、「攻撃があるかもしれない」と恐れるあまり、「先制攻撃」をする国も出てきた。「恐怖心が攻撃心」に「即」スイッチが入る「人間性」を自制できない若輩者が国のトップではこういうことになる。そして、ISの飛び火が他国間紛争まで呼んでいるのだから、ISから見たら思う壺ではないか?だから、「自制して事態を分析し対話すること」が必要ではないか?世界の国民からみれば、「何やってんだ」ということになっているからだ。自制心は冷静にならなければ興奮状態では起きない。従って「何があっても動じない」という「脳の興奮状態を沈める訓練」が大事である。攻撃されたら、まず「なんで」と相手に聞くことである。相手が「攻撃する理由を言い出す」と「それでも攻撃することはないだろう?」と反省を促す。など「脳を興奮状態にしない」訓練が自制心を産むのであるから、国を預かるトップは「攻撃心に即スイッチをいれないようにする訓練」が必要である。「攻撃しかない」などと思わない事である。それが「人類の知恵の進化」ではないか?この世界の男性がオオカミ犬ばかりでは、「知恵の無い人類」として退化しているということではないか?と最近の世界情勢を憂慮するものである。


No.2558 (2015/12/04 17:32:24 (JST))  
[血統書付の柴犬は、家畜にはなれない]
 DNA或いは洗脳された脳は「変えようがない」  URL:

血統書の柴犬を赤ん坊の時から育てたが、なかなかわがままで、ペットのしつけはできない状況だ。すぐに「逃亡したがるし、飼い主でも気に入らないと吠えつく」大人になってもだ。本能がオオカミ犬だからだろう。「いう事を聞かない犬」である。脳が洗脳された人間が攻撃的になった場合もこういう事は起こるのではないか?と思うものである。狂暴な洗脳ではさらに脳がそれに染まりやすいということである。もともと人間が潜在意識に持っている「暴力的なもの」を引き出す洗脳では、「本能」であるから、「快楽」になってくるのだろう。鬼ごっこでは「逃げる事に快感」を覚えているではないか?「逃げることで解放感」という快感があるのはたしかである。海外でも映画に「大脱走」というのがあって、罪よりも脱走すること自体が楽しそうではないか?これも、達成感と解放感という快感だろう。逃亡中の犯人が反省しているとは限らないということである。洗脳された犬は「かわいがってもダメだ」と我が家の柴犬でわかったのである」


No.2557 (2015/12/04 17:12:22 (JST))  
[逃亡中に菊池桃子容疑者はなぜ結婚しなかったのか?]
 死刑囚逃亡を積極的に支援した罪は「罪の意識に乏しく仲間意識が旺盛」  URL:

菊池桃子が同棲していた男性は、結婚したがっていたが、菊池は「私はオウムの信者だから結婚できない」と17年も「オウム信者」となのっていたというから、洗脳されているのは明らかである。そして、結婚はしないが結婚式の衣装を着せても、結婚を拒んでいたというから、あくまで「麻原教祖」が釈放された時のためにと「オウム真理教に身を捧げていた」ということである。「下っ端の信者」という判決であれば、宗教より「男性との結婚を望むだろう」菊池には「犯罪に対する罪意識がある」ということであり、あくまで信者という立場を変えていない。「下っ端信者」ではなく、サリンを作った林死刑囚の部下でサリンの作り方も知っているのではないか?林容疑者の逃亡をかくまっていた事からも「重要人物である」といえるので、今後、邪悪な輩に利用されたらとんでもないことになるのではないか?と懸念するから「裁判の判決は、「死刑囚逃亡幇助」という共犯罪に相当するものではないか?」こういう国家テロ関係者を安易に釈放した裁判官には今後監視した方がいいのではないか?犯罪に恩情をかけるなら、「被害者に恩情をかけるべきである」菊池桃子には「君が巻き込まれたという気持ちはわかるが、国家国民殺戮」は許されないものだ。君はそれを企んだ者たちを抗議できない立場というが、死刑囚の逃亡を助けた事は、積極的に「罪を自分で応援している事」である。この事件によって被害を受けて苦しんでいる国民や、日本国民全部を恐怖に陥れた事を反省すべきではないか?」と「共犯」を認めさせるべきであったのではないか?彼女は仲間意識がまだ残っているのではないか?


No.2556 (2015/12/04 14:31:53 (JST))  
[国家統治における政治の違法性の審議拒否理論は「理論」が憲法の上に立つものであり政治が憲法の上に立つものである。]
 理論は国民が認めたものではない  URL:

国家統治について、政治が憲法に違法することを審議することは当然である。理由は「憲法99条で、政治家、公務員、行政官、裁判官は憲法を遵守する「義務」がある」からである。従って、政府は「政治家が行政官になっているから当然「政治が憲法に抵触する統治をすれば、憲法が審議するのは当然である」憲法の上に「政府の我田引水統治理論を掲げたら」人気投票で当選した総理が憲法の上に立ってこの国の統治をすることができることになってしまう。政府が「この国の憲法をないがしろにする」理論は、憲法99条義務違反で裁くべきである。「理論」は「論」であって、国民が認めたものではない。こういうことをするなら、「政治の国家統治理論での裁判拒否」をするなら、「国民投票すべきである」この政府は、「「平和、自由、主権、生存権、など国民を守る憲法」の上に立ちたがる政策ばかり出してくるから、国民支配の命令したがる「国民と司法を隷属的差別関係に支配しようとしている」ということではないか?国民に周知して「監視」するべきではなか?全く「民主主義国家」を「自政党の独裁国家」にする政府では信頼感が無くなるのは当然ではないか!問題児ならず、問題政府である。沖縄の辺野古問題も「前知事」と政府とで決めているから国民との合意がないまま基地選びしている。政府と当地の行政とで決めている「民意無き行政施行」だから、こじれているのである。大体、「美しい日本」と言っている総理が「美しいサンゴ礁の海」を壊すような基地政策を出したのが、沖縄の人の心情に合わないのである。つまり「米軍に対するご機嫌取り」に美しい海を提供したのだろうが工事や爆音で生物は住めなくなるのだから、何にもならない。そして、沖縄の台風や地震の大津波、温暖化の海面上昇などで、海辺の基地はいつも災害にさらされるということになる。安保上でも海辺の基地は、時化たら韓国の軍艦でも倒すような暴風に、対応が遅れたり、出られない日が何日も続いたりで、機能混乱となってしまうのである。「政府の我田引水優先で「辺野古」を選んだ事は間違いの元ではないか?裁判も「政府の意向」を重んじれば、「隷属的な司法」に自らなってしまうということである。憲法で禁じている「平等」を「差別」に変える司法介入は、三権分立法に違法であるといえるのではないか?


No.2555 (2015/12/03 18:29:54 (JST))  
[国家統治の基本的な政治性が「違法行為性ばかり」だったら?]
 法で裁かなければ「国が野蛮な輩に乗っ取られてもいいのか?  URL:

勝手な理論を持ち出しているが、司法が立法府の政府の圧力に負けている姿ではないか?三権分立の「司法権を自ら放棄して、司法が立法に「隷属的立場」を取っている姿であり、司法の「主権」を奪われている状況ではないか?だからか、オウムの女性を釈放したのも、政府の圧力ではないか?と疑われるではないか?政府との摩擦が嫌で裁判権放棄するなら、職務怠慢であるから、辞職して、勤労意欲のある裁判官と交代するべきではないか?これでは、海外からの野蛮な勢力が国の統治を乗っ取ろうとしても、何も裁かないという司法になってしまう。情けない状況ではないか?国家統治論などという「理論」が司法審査の対象にならないというのは、おかしい。法律に抵触する場合は「法律で禁止している」として裁くべきである。何のための「法律」か?と反省すべきである。理論が先行して「法律をないがしろ」にすることも「違法行為論」で戒めるべきではないか?


No.2554 (2015/12/03 10:44:57 (JST))  
[最高裁判所の違憲立法審査権の放棄について]
 PCOG  URL:http://homepage1.bb-west.ne.jp/leimb/smaho/

統治行為論(とうちこういろん)とは、“国家統治の基本に関する高度な政治性”を有する国家の行為については、法律上の争訟として裁判所による法律判断が可能であっても、これゆえに司法審査の対象から除外すべきとする理論のことをいう。

最高裁判所は統治行為論を墨守して、違憲立法審査権を放棄している嫌いがある。これでは日本は法治国家とは言えない。諸賢は下記URL日本語版「新提言10」に記載の「上告理由書」等でその実態を把握されたし。

http://homepage1.bb-west.ne.jp/leimb/


No.2553 (2015/12/03 09:21:01 (JST))  
[キツネをペット化する研究をした人がいた!]
 血統書付では進化がないか?  URL:

海外で狐を集めて、他のペットと交配して狐のペット化に成功した海外の女性遺伝学者がいた。へー、とその発想に驚いたものだ。狐の被害に地域が困っていたからだろう。狐は顔に似合わず攻撃的な「イヌ科」の動物である。だから、他のペット犬と交配させてみたのだろう。百匹近い実験であるから信憑性は高い。猫或いは犬のような狐が出来上がった。私は「血統書付」の柴犬を飼っていたが、柴犬はオオカミ犬が先祖であり、血統書付は同じ種類の親同士が交配した場合にできる性質であるから、かなり攻撃的であり、警戒心が旺盛であった。飼い主しかなつかないし、飼い主の親しい人かどうかを見分ける。耳の感覚と嗅覚は500m先にいる飼い主の匂いや足音を嗅ぎ分けて騒ぐから、「飼い主はもうすぐ帰宅する」とわかる。オオカミの遠吠えはこの優れた聴覚と嗅覚から起こるものだなと思ったほどだ。寅のような白い縞々があり、額には三日月型の白のマークがあった。虎と交配したオオカミ犬の末裔かもしれない、と思った。研究家の女性をインタビューした日本の遺伝学者が言っていたが、警戒心は本能的な感覚なのでこれがないペットでの研究は面白い。「狂暴な動物」がペットになる仕組みが「家畜化」というのがわかったが、例えば遺伝子ABCDのペットでDNAの並ぶ順番で攻撃性の強弱が決まるのであろう。といっていた。私は思う。一代目から二代目、三代目と交配していった経緯からみると「狐の雑種化」で攻撃力も変わっていったのではないか?と思うものである。福岡伸一さんの「家畜化」には納得できなかったがさらにこの見解を深読みしたら雑種化だけでは、ペットにならないとわかった!人間がかわいがってやらなければペットにはならないから、彼は「家畜化」といったのだろう?そういう事であれば、「かわいがらなかったらまた狂暴な遺伝子がストレス物質で発達する」ということではないか?とも思われるが一旦雑種化したり家畜化した動物は「遺伝子に様々なものが混ざるので攻撃性は小さくなってきて人間との付き合いから仲良くする知恵の遺伝子が進化するから、本能的なものは小さくなってくるのだろう。飼われたイルカがそうである。では人類はどうか?人類では「守られて安心している人類には警戒心が乏しい」と言えるのではないか?いや、警戒心がなくて攻撃心で敵視する心理もまた警戒心の一種なのかもしれないがこれは、オオカミの遠吠えかもしれない。そして、「安心感がない地域に住んでいるISのような民族」は常に警戒しなければならないから、誰もかれも敵にみえて攻撃的になってくる」ということではないか?つまりは、「人間としての知恵がまったく機能してない」という精神状況になってきているという事であり、人類の住む地域ではないということではないか?人類は、相手を食い合うという動物ではない。「対話や話し合いができる生き物」であり、「その知恵を使わなければ退化してしまい、動物の様に「殺戮によって個の種を保つという「人間の動物化」が起こってくるのだ。人間はあらゆる分野で進歩しなければ、「退化」していくという状況になる。人間から攻撃性をなくすには、相手の精神状況が動物化しているのであるから、この本能を緩和しなければならないだろう。家畜化すればストレスがたまってまた攻撃性が出てくるからである。しかし、この攻撃性の心理の中には「種の保存意識」が強いので、やはり相手の種を尊重して、他の優しい人種と交配を続けるしかないのだろうか?そういう事をすれば「種に対する倫理観」に抵触するから絶対に駄目である。自然に合意の上の交配がなされるためには、異国間交流が大切であるが、異国間の教義の違いが異国間交流を妨げているので、戒律を同じにするとかの世界教義を同じにしなければ仲良くなれないかもしれない。その点では「日本国憲法」は世界の憲法として、「戦争をしてはならない」というものである。日本は古代より「殺戮」をしたものは「非人間扱い」という罰があったりした。しかし、それも千年も経つと戒律もなくなっているが、戦後、民主主義になってできた憲法では「戦争による殺戮」を拒否しているのであるから、古代より「進歩」して、「殺戮ができない環境にする」という憲法であり、従って「ノーベル賞候補」に値するものである。そして、「共存共栄の世界」を築くことが「人間の知恵の進化」ではないか?と思うものである。産業も医療も「共存共栄するという正しい進化」をしなければ、「人間の知恵が正しい方に進化しなくなる」からである。「平たくいえば「自分さえよければいい」という生き方が紛争を招く」ということであるから、この心を戒めるべきではないか?ということである。


No.2552 (2015/12/02 14:53:14 (JST))  
[年金積立基金の投資運用は止めようー銀行利子を還元すべき]
 預けている国民の権利  URL:

政府が「国民が心配することではない」などと言っているのは、「年金基金」を政府の私物のように考えているからだ。他人のものに口出しするなというようなものではないか?不確実な投資では、巨額な損失が起きる。7兆円もの金額は、投資しなかったら「国民に還元するべきものではないか?」年金が少なくなって購買力も消費力も落ちている現状では「年金積立金投資に使う余裕は無いではないか!投資は金持ちがやることであり、年金者がすることではない。銀行利子の方が確実に入る。政府が投資で遊んでいるだけではないか?投資利益も国民に還元する金額は「蚤の糞」ほどではないか?政府や投資人件費の方が国民還元額の100倍もかかっているというではないか?一国民に年間2万円利益還元があった時に、政府の投資人件費は2千億円とかいってた。何人が関わっているのか、この投資にかかっている費用を明らかにするべきではないか?銀行利子の、毎年利益還元があるはずではないか?あらゆることが不透明であるから、改革を任せよといっても、国民の知恵が生かされないのである。費用対効果を明らかにして、確実に年金基金積立者に還元できるような仕組みを構築するべきである。株式では株主に配当金ができるではないか?なんで年金基金積立者には利益還元ができないのか?国民が何のために基金積み立てをしているのか?これでは「積立損」ではないか!まるで「騙された感」が強くするからこれ以上の危険な投資を懸念するのだ。つまりは「政府の税金や基金運用、あらゆる政策に信用ができなくなった」ということである。


No.2551 (2015/12/02 12:22:27 (JST))  
[GPIFによる年金の運用で赤字が7.9兆円]
 陣内  URL:

12月1日の産経新聞ではこう述べていた。

今年の7−9月に限定しての話では、国内分の赤字は4兆3481億円で海外投資分の赤字は3兆6552億円。利回りは国内分でマイナス12.78%、外国分ではマイナス10.97%であった、という。
これに対して、菅官房長官は
「株式投資は長期的視野に立って判断すべきであり、国民がいたずらに心配する必要はない。原因は中国経済の悪化に起因しているだけだ。」
と不安の払しょくに躍起だった。

「長期的視野に立っていれば」こういう馬鹿げた投資・運用はしなかったであろうし、何より中国経済の悪化を見通せなかった、というのは、別の意味で今の政府の頼りなさを露呈していやしまいか。
半年ほどまえのTBSの「時事放談」という番組に元中国大使でそれ以前には伊藤忠商事の会長をやっていた丹羽という人と元在北京大使館の職員だった、という宮家邦彦という人物が盛んに
「中国経済は決して悪化するものではない」
と述べていた。
二人とも、政府・自民党が、その情報源として最も頼りにしている人物である。
中国の経済の悪化についてはいくつかの雑誌が報道していた。
その根拠として、輸入品の減少や電力消費量の低下などから判断して、「経済成長率はもはやマイナスなのではないだろうか」というもので、たぶんその推定はあまり間違ってはいない。
いわゆる政府筋は「ヤマカン」で予想をするだけで、内閣もまたそれをめくら判的に信用していた、ということであろう。

中国に2,3年でも駐在していれば、こんなことはわかるはずのことなのに、日本の大使館筋は決して、館の外を見ようとはせず、いわんやエグイ情報をつかもう、という意欲も持ち合わせてはいないようだ。

この先、アメリカが利上げに踏み切れば、アメリカ政府は同時に日本の株式の空売りを始めるでqろうことは目に見えている。
内閣では勝間和代という有名女性経済評論家を起用して
「今の株価は将来の日本経済の未来予想を暗示している」
論を盛んにアピールしている。

ちょうど、1929年のアメリカ・フーバー大統領が「国策相場」を演出して支持率工場を図ったように。
フーバーがはっと気づいたときには、すでに時遅く、株価はあっという間に半減した。
今の安倍内閣にはフーバーほどの人物もいないのか


No.2550 (2015/12/02 11:02:48 (JST))  
[全国にチラシを手配した当時の公安や検察や警察のやり方を否定した判決]
 オウム真理教女性無罪判決の根拠が変「下っ端判決」  URL:

オウム真理教の広告塔の菊池直子は釈放されたが判決理由の「下っ端信者ではなかった」彼女は広告塔だけではない。サリン作りの「厚生部」とかいうところにいて、「林」という死刑囚の部下でサリン作りにかかわっていたというのだ。これは、ニュースでわかった。サリン運搬役だったというから、サリン事件にも積極的に関わり、「林死刑囚の逃亡を助けていた」のではないか?それは彼が上司だったことからも事件内の人間関係は「下っ端じゃない」事がわかるではないか?この判決は甘いとしか言いようがないのではないか?サリン作りに関わった信者を「下っ端」として無罪釈放した裁判官は、なんかおかしい。国家テロをして国民をサリンで殺害するということは、化学攻撃であり、そのオウム信者を許す国の裁判官では国民の安心はない。国会証人として説明を要する。そうでないとこの判決には納得がいかない。彼女が重大な役割をもっていた信者とであるから、他の信者と組んで「何か」を企むかも違いない。オウムの死刑囚や麻原教祖達は生かされて国民の税金でメシを食べている。その甘さを狙って「死刑囚奪還」をされたら、再び国家を狙った事件を起すのではないか?一体国は何を考えているのだろうか?まったく、警戒心のない裁判官が、彼女のしてきた事をよく考えないで判決をだしたものだなあと思うのである。
この政府というか司法まで悪にそまったのか?とさえ思う判決である。釈放された菊池直子は、現在も残っている「オウム真理教」のもとにしか行けないだろうから、同じ宗教に染まっていくのだろう。これでは、また、排他的自宗教崇拝者国民が一人増えて何が起こるかわからない。国民を殺戮した宗教は無くさなければ過激な信者が入ればつまり、悪意のある信者によって同じ事件が無いとは限らないだろう。彼らは「仕返し」や「リベンジ」を狙っているのではないか?と思われるからである。最近、軍人が祭ってある神社に爆弾をしかけたものがいたし、各地で爆弾事件が横行しているが、菊池直子は「走る爆弾女」と言われた人物である「下っ端」ではないことは明白であり検証しなければならないだろう?チラシまで全国に手配していた事が間違いだったという判決でもあるからだ。これでは警察や検察の努力も国家公安の判定も「間違いだった」ということになるではないか?


No.2549 (2015/12/02 09:59:20 (JST))  
[「海の魔物欄」に追加ー海は育てるもの]
 魔物は退治するもの  URL:

下の記述で「鳥目」ではないか?という記述での「鳥」とは「フクロウ」のことである。つまり、夜な夜な暗がりで漁をする魚の目は「フクロウと同じではないか?」と思うのである。赤マダラハタも毒ウツボもサンゴにいる魚を狙う。しかし、サンゴは魚の住む大事な居場所であり、ここしか逃げ場がない。だから、サンゴ礁を壊すことは、即ち魚を海の魔物のいけにえにしているようなものである。夜の撮影では、周りが暗いから、ライトアップされたサンゴ礁は、モミジの錦より美しい。さまざまな色を持つサンゴの描く海の森の美しさは陸上の紅葉森の比ではない。このサンゴと小さな色とりどりの魚の遊泳のコラボレーションは、「美しい日本」の海の宝であり守り育てるべきである。当面は、「赤マダラハタ」は魚の平和な森を壊滅する魔物としては駆除するべきではないか?大きな魚であるから、モリでやっつけられるだろう。毒はないようだから食品にはなるが、「剥製」にして後世にも教えるべきである。「赤マダラハタ」がはびこれば大変な森の魚の損失である。そして、サンゴの住家まで不法侵入して魚を食ってしまう蛇みたいな「毒ウツボ」は駆除が難しいだろうが、夜確実に出てくるから、疑似餌ででも駆除するべきである。これも後世に「剥製」として教えていかねばならないだろう。彼らの魔物の罪名は「何の罪もない同種の魚を殺戮し食料にしている「自分さえ満腹になればいい」という「共存共栄のできない罪」である。夜の海の撮影に挑み、「海の魔物」を見つけてくれたカメラマンに敬意を表したい。そして、この映像を何度でも公表してもらいたいものだ。


No.2548 (2015/12/02 02:04:45 (JST))  
[海の魔物と地上の魔物]
 人間の魔物退治は「法」しかないーTPP訴訟時代の備えに「法科義務教育を」  URL:

海にも平和を壊す魔物がいる。夜な夜な出てきて魚を丸呑みするという魚がいるという。夜になると小魚は恐れて眠れない。ひっそりと暗がりにじっとしているしかない。動けば狙われるからだ。サメではない。サメは浅い湖などのような海で狩りをするから、子供の海遊びには気を付けねばならない。夜な夜な出てくる巨大魚は暗がりで狩りをしている。それも一つではない。今のところ2種類の魚が発見されている。一つは「毒ウツボ」でもう一つは「赤マダラハタ」という巨大魚だ。毒ウツボは1、5mの蛇のようにくねくねしていてサンゴの中に入ってまで狩りをする。赤マダラハタは1mの巨大なメタボ魚なのでサンゴの中には入れないから、サンゴから出てきた魚を狙って丸呑みをしてしまう。子供頭位を飲み込む大きな口である。しかし、残酷なのは毒ウツボである。口が小さいから鋭い歯で噛んだ魚をザクザクその場で刻んで食べている、細い女形の毒ウツボの体の中に入れるにはこなさなければならないのだろう。赤マダラ魚は男型の魚で豪快に一気に飲み込んでいる。しかし、夜に出てきて狩りをしているから、目が「鳥目」ではないだろうか?どちらの魔物もサンゴ礁の中にいるという。赤マダラハタは丸呑みするときにサンゴ礁まで口に入れるらしいから、きれいなサンゴも被害者となる。人間も夜、畑を狙うものがいて、作物を作っても「骨折り損のくたびれ儲け」にしかならず、「耕作を放棄している人は多い」肥料も馬鹿になるからだ。実のなる木は、カラスやキジが狙い、畑作は人間や野獣が狙うという現状では、何も作る気にならないということだ。現実は厳しい。赤マダラハタや毒ウツボが横行する海の中のような地上界になってきているということである。道徳がすたれてから何年経つのだろう。現状は「金が命を左右する世の中になってきた」から、命のためには何でもかんでも他人が持っている物でも狩りをする人間が出てきたということであろう。金銭主義者が横行し、法が無視される結果がこういう無法者を産んでるという事だろう。道徳はやはり法で教えねばならないということではないか?小学校から、憲法を教え法律を教える「法科」を設けるべきではないか?TPPで訴訟時代が到来するからでもあるのだ。


No.2547 (2015/12/02 00:30:56 (JST))  
[老人預金は老後の体の修理代になるから、狙えないもの]
 老人預金が狙われている  URL:

老人の預金を政府が狙っているという気配があるが、老人の預金は老後の体の手術に使うmのである。いわば、家の修理ならず、体の修理に使う金である。医療では従来から保険が効かないものが多いから、巨額な金がかかる。例えば、「白内障」の手術である。これに使うレンズでは、「単一焦点レンズ遠点か近点かどっちか選ぶ」と「二点焦点の遠近レンズ」と「遠点中点近点三点焦点レンズ」がある。今、公的病院では「焦点が一つしかないレンズの単一レンズ」しか手術しない病院が多い。遠くだけか、近くだけかどっちかしか見えないレンズを選んで手術を受ける。これは保険が効く。そして、二点の遠近レンズ以上は手術はレンズ自体が高額で、遠近の2点焦点レンズは、片目が「40万円〜50万円するから両目では手術代とで百万円だという。金が無いと目が見えなくなる国民が多くなってくる。そして、公的病院では、従来の単一焦点レンズしかないという病院が多い。遠近レンズは高価であり、公的病院には在庫が持てないからだ。保険も効かない。そかし、レンズそのものが、単一焦点では、術後には近くが見えれば遠くが見えないから、手術後遠か近用の焦点メガネが必要となる。そして、そのメガネの費用は高い。白内障の手術は、どこの病院でも「焦点が2点の遠近レンズ」にしなければ手術した意味が無いではないか?それが「医療の進歩」というものではないか?そして、これも保険が効くようにしなければならないだろう。焦点が一つのレンズはもう古いのではないか?国民はできたらばの話だが、「白内障が薬で治ればいいなあ」という声は多い。その方が手術の失敗がないからだ。今後の「医療の進歩」に期待するものである。
どこの国か、「目」に関する治療には全面的に国が保険で救済しているというではないか?「ゆりかごから墓場まで」という福祉の国もあるが、この国はどうだろうか?この国が気に入らなければ「出ていけ」という政府側の人の言い分は「医療の進歩」を「拒否」するものではないか?産業も医療も進歩が無ければ、「先進国」と言えないだろう?医療学者の研究や努力を踏みにじるものである。国民の生産性を高めるためには「国民の体が元気でなければならぬ」ということを真剣に考えてもらいたいものだ。そして、老人の預金は「目の手術や膝や体を治すための費用や生活費に使う」という目的預金であるから、政府はこれを狙えないものである。余分な預金を国民が持っているわけではない、ということを知ってもらいたい。あ、そうそう膝の手術も「金具を膝に入れる手術が主流だが、島根大学病院では「軟骨を入れる手術」を国で初めて実施している先駆的な大学であるが、これには保険が効くが、元々の費用が高いから、数百万円かかるだろう。両目と両膝で合わせて、4−5百万円かかるから、老人預金を奪ってはならないのである。老人預金を政府が搾取したければ「保険が効く医療」にしなければ、政府が利用したいという、「余分な預金」は無いということになるからである。しかし、医療保険税収入は今、扶養者と非課税者の利用が多く収入が乏しくなっている。つまり、非課税者や扶養者は「医療費が保険税を払っている人の半額措置」があるからだ。だから、一割負担人でもさらに、半額になれば5%措置みたいなものだから、95%は保険税から病院に払うということなっている。そして今、医療保険税の払える人が少なくなってきている。医療保険税の払える人は「保険の効かない高額な医療」までは「医療税が多いために受けられない」という結果になっている。今まで払った医療保険税が300万円を超す人には「プラチナ納税者」として、「遠近レンズ無料」位のサービスがあってもいいのではないか?今の制度は、保険税を払っても自分が希望の医療が高額なので受けられないという医療になっているではないか?


No.2546 (2015/12/01 04:45:57 (JST))  
[年金積立基金運用は巨額な大損ー7兆円を超える損失!]
 アベノミクスの投資政策は大失敗ー地方も将棋倒しにする中央集金体制を地方分権にするべき。  URL:

アベンミクス政策の失敗は「年金基金の投資運用損」で明白になった。損害額は7兆円を超す額であるいう。「ビックリコン!」である。これほどの損害が出れば、責任問題ではないか?総理がテロ対策で海外遊行した額5兆円と合わせると12兆円もの損失が出ている。年金基金運用は何にもならず、政府の食い物にされているのかもしれない。なぜなら、運用益があった時に年金が上がってないからだ。そして、今年から、年金額が2万円近く下がっているからである。年金基金の積立はもうやめて、今までの分を返してもらった方がいいかもしれない。とにかく、この7兆円の損失をどうしてくれるんか?まさか、国民に責任転嫁するのではなかろうな!この政府は「ギャンブルがお好き」だから、国民の税金はどう使われているのかわからない。閣僚にも株をたくさん持っている人がいて、巨額な損失をしただろうから、公金はどう使われているかわからないではないか?まさか与党議員の株の損失補てんに「年金基金から流用されている」のでは?と疑いたくなる。まったく、信頼に値しないからだ。総理の海外遊行の5兆円と言われる巨額な財源はどこから出ているのか?まさか年金基金流用ではなかろうな?以前にも自民党時代に、老人の年金基金を、公務員の官舎のテレビやテニスコート作成の備品などに流用されて問題となったから、公金流用疑惑はいまだに残っている。そして、安倍総理の前回の退陣理由は公金流用であったから、なおさら疑惑は濃いものである。そして、リベンジしての「海外遊説」には度が過ぎるものが見え「テロ退治」を訴えて海外遊説しているから、IS国に日本の総理が敵視されてしまって、再び「IS国が安倍総理を名指して日本を攻撃する」と宣言しだしたではないか!そのために国と国民自体が危険になているではないか!海外邦人を救済するといって集団的自衛権を行使しても、海外のあちこちにいる邦人がIS国に狙われるような事をしているのは「総理自身」ではないか!自分一人の家ではない。大勢の国民を不安に落しいれているのでは、一国の総理としてふさわしくないのではないか?警戒心も反省もなく経済も「投資政策依存症」の与党閣僚は政策責任を取るべきではないか?今回の年金基金の投資損失の詳細についてと年金基金会計調査を緊急に国民に公表すべきである。この政党の政策では、この国の存続は極めて危険であり、忌々しき問題である。国家会計の公表を義務付けなければ、安易な投資に公金を流用しかねない政府であり、国民の積立金も税金も私物の様な感覚になっているこの政府には国民は信頼できない事態である。ある製紙会社の御曹司が会社の金を100億円もギャンブルに使って大騒ぎになったが、今回の年金基金大損失もそれに値するものではないか!消費税アップでの税収も何に投資されているかわかったものではない。なぜなら、消費税収が7,5兆円増になっているのに、社会保障は良くなってないからだ。国民のサービスは落して、介護施設の入所拒否や病院のベッド数減なども度が過ぎる老人とその家族いじめではないか?そのために介護している家族の自死を招いているではないか!国民より、自分たちの株さえ上がればいいかのような政策では、国民の税金は食い物になってしまう。「地方の政策もそのために途中でとん挫してしまう」という事になっているではないか!政府は、地方の自主的な政策よりも、自政党の投資政策に国民を協力させようとしている傾向がある。成年後見制度での「親の預金を投資信託銀行に預けよ」という預金の預け先変更を強制的にさせているのもその一端である。そして、親を施設に預ける時には「預金調査の通帳提示」を強制的にしている。投資資金を老人から搾取しようというものではないか?こういう政府では、老後は安心できないということでもある。この国の財政は「アベノミクスギャンブル政策」でにっちもさっちもいかなくなって、「老人の金融財産」から搾取し出しているということだ。その上「IS国から再び敵視される」という「経済も軍事も危険にしている政府」ということではないか!自民党の「百年安心年金政策」は「うわべだけの言葉」だったということだ。10年もたたないうちに「財政破たん」をしているではないか!地方交付金を大幅減少して、地方がやりかけている政策までとん挫させている政府では、税金は地方に回すように「税金分離」政策をしなければ、政府に全部預けるわけにはいかなくなったではないか?政府が失敗すれば、地方全体が将棋倒しになってしまうからである。


No.2545 (2015/11/30 07:36:10 (JST))  
[発展する町、しない町]
 介入しすぎる町民意無視の町は発展しない  URL:

島根県の離島の海士町の政策は全国的に知られた「自立の島」として名高い。この島のやり方には、自由な発案での販売力強化が功を奏している。最初は、全国から「経済オーナー」を募集して資金集めをしている。「海の幸での経済」に資金を提供してくれたら、海の幸と利益還元をしますよ、というものである。そう宣言したからには、何がなんでも配当金を出すために町全体で取り組み、町長自身は給与を半減した行革を自ら行っている。そして、右に倣えと職員も給与を何割か落した。そういう努力の甲斐あって、数年のちには借金7億円をあっという間に返還しているのだ。そして、今は事業も軌道に乗り、海外進出も果たしている。そして、自由な発想が好きな起業したい全国の若者に居場所を提供しているので、島には100人もの島外の若者が家族を連れて島に住んでいる。島民の接待もいいから親の町のような感覚があるという。保育所も、町のおばさんたちが手伝いに来る。という助け合いの島でもある。もちろん産業の他には観光やイベントなどでも町に利益をもたらしている島でもある。町が全国のオーナーと繋がって観光にも効果を上げている一石二鳥の島である。住民にも知恵がある人は多い。海士町のある女性と旅の途中のバスの中で知り合って話したが、「なかなか暮らしが良くなりません。行政は暮らしのことなど議題に出さないですからね」というと海士町の女性が「そうですか。女性の意見を聞く場が無いのですね、海士町では女性でも誰でも「町長が話を聞いてくれますよ」といい「あなたの町には議会に女性の議員さんを増やして暮らしの事を議題にされたほうがいいのでは」という返事だった。女性がこういう意見を持っている海士町は、町民との会話が常にあって、町民の知恵で動いている町だなあと感じたものだ。町が独断采配する町では、あらゆる住民の知恵が生かされずゴミにされているということだ。住民にはいろいろな役に立つ知恵を持っている人もいる。それが経済発展につながるのに「知恵をゴミ」にする町は「発展しないのではないか?」と思う。住民の知恵で発展するという意識が無い限り、町は発展しない。国もそうである。住民の民意を無視しては国の発展はないのである。国民や住民との話し合いが無い町や国は、国民の知恵を尊重しないので、アイデアも何も限られてきて「これしかない」という結果での「不利益政策」をしてしまう事になるのである。それは、トップのあり方にある。町長が、一部の住民に牛耳られている場合は、全住民の知恵ではなく、その一部の住民の知恵で動くから予算も一部の住民に偏ってくる。したがって大半の住民には予算が回らないということになってくるのだ。国も同じことが言えるのである。民主党の時代に、地震があった時に、電気がつかない状況に対し、電力の自由化という発想での「電気エネルギー」の考案が多数出てきて国民は生き生きしていた。自転車で電気を起こす事を発明したり、地熱エネルギーの研究をしたり、太陽エネルギーの開発をしたり風力発電が盛んになったりと、国民の知恵が生き生きと生きている年にもなった。被災地では「自分たちだけで自分の山や森を開拓して団地を造ったり、道を作ったりしていた。ところが政府や行政はそのアイデアや開発力を「規制という名で叩いてしまったのである」いくら、自力で団地を作っても「水道は引いてやらないよ、勝手な事をするな」というものであったり、エネルギーでは、独占電気業界の温存強化をして、送電改革を阻止してしまったのである。そして、自然エネルギー開発の力を削いでしまっているのである政府は「国民の自助努力を踏みにじり、政府の発案の600兆円稼げ政策を出して来て、政府の政策に従え」というのである。しかし、一旦脳を切られたら、気力を失い知恵はなかなか湧いて来ないし気力や能力は再び起きて来ないという脳の仕組みを全く知らないのではないか。国民の民意を拒否してきている政府では、国民は何をしてもまた政府が「規制で叩いてくる」という潜在意識が芽生えてやる気をなくすのである。政府主導での政策では、無気力になるということであり、ロボットのようにはいかないということでもある。あらゆる暮らしに介入しすぎるのは息がつまり酸素が脳に行かなくなり、自立精神を失う元である。介入しすぎた子供が「親依存症」になるのと同じである。子育てしたらわかるが、子育てしてない男たちにはわからないだろう。あの被災地の山を地域の人達で開拓しみんなで集会所を立てた町の人達の笑顔を忘れない。それをずーと見守っていたのに、その人達は、自分達が作った団地を追われて、町が作ったひと山向こうの団地に引っ越しさせられ、農地が遠くになってしまった。ぞの農地は耕せずに荒れ地に代わってしまったのではないか?夢を奪われ、気力も無くなってしまったのではないか?と行政の傲慢なやり方が国民の気力まで奪う結果をもたらすことを残念に思うのである。


No.2544 (2015/11/30 05:25:41 (JST))  
[地方の悩みー自主性が取れないー政府依存症ー政府があらゆることに規制をかけているから]
 地方創生ができないようにしているのは政府ではないか?  URL:

現在の政治状況は、政府が国民から金を税金や負担金として集めて、地方に配るという「中央集権体制」を取っている。一政党である国の政府が、全面的に「国の税金の使い道」の実権を握っている、という状況である。そして、地方に配る時には、「自党の延命のための票取作戦での予算形成に税金を活用する」から圧力をかけてくる。ということになる。その圧力に従わなければ予算はやらないと囁くようになる。だから地方の悩みは「地方がやりたいことができなくなっている」と言える。税金を政府の延命のための圧力やばらまき予算に使われて、地方には回ってこない」ということになってくる。だから、江戸時代と同じ、年貢の引き揚げや、強制労働をさせる「国民総奴隷制度」をするようになってくる。国民が主導権をとって政策をするという自主性を失わせ、政府の配る「持ち投げ」を必死で拾おうとする国民の姿はあまりにも国民を馬鹿にしている。政府の役目は地震災害、国防の時の救済実権だけでいいのではないか?経済では地方に税金の分権をするべきではないか?既に政府はあらゆる実権を掌握し、国民の個人の内情までも把握するようにしていて「国民支配」をして国民の財力を狙う「合意無き政策目標」を掲げてきた。国民との話し合いもなく、政府の金集めのための政策の目標金額を設定している。その目標達成のために、地方が自主的にやろうとしていることなどが「中途でとん挫している」状況になってしまうのが、「地方の悩み」でもあろう。政府の役目はあくまで「国民の税金を預かる大番頭役」であり、「主権者たる国民の自主性を重んじなければならない。」だから、地方のやろうとしている自主性を重んじるといいながら、「税金は政府のしたいことに目標まで掲げて使っている」という結果であるから、地方には、したいことをさせないように圧力をかけてきて、金を回したがらない。大番頭が「社長」になったような姿ではないか?これでは、地方の自主性や発案は何もできないという結果になってくる。地方創生ができないようにしているのは、政府が自分のしたいことのために、地方のやり方に圧力をかけているからではないか?国が国民の自主性を取り上げているのは、国が税金を握りしめているからではないか?そして、その金を「国防にほとんど使いたい」からではないか?武力行使法が出来る時に、「地方が疲弊する」と叫んだ国民の警戒心を無視した政府は戦前の出来事を全然反省してない。戦前も「戦争のために税金を使ってしまって、地方が疲弊して「人災での飢饉」が起きて何もできなくしてしまったために、地方の青年将校達がクーデターを起こしてしまった」ということを忘れたのか?国内での不平不満は、「金が無くて何もできない地方の悩み」があるからである。政府は、「国内掌握をする」ために中央に金を集めるやり方の「中央集権体制」を取って、「予算の実権」を握っているが、その結果は「国民を政府依存症」にしてしまっている、という結果になっている。わかりやすく言えば、「小遣いを取り上げて子供に文房具を買わせないようにして「勉強して自分で食べれるようにしろ」という状況である。国民の税金は、国防以外の予算を国防より大きくして地方に返すべきである。そして、政府は地方の行政が勝手なことに使わないように監視するべきではないか?そして、あらゆる規制を外して、国民が自活できるようにするべきである。「これをしようとおもったら、規制でできないから、何もできない」という状況では「何もできない地方創生」という結果になるのは当然ではないか?


No.2543 (2015/11/29 19:14:52 (JST))  
[オウム真理教の女性広告塔であった逮捕者が「無罪」の理由は変。]
 国家転覆を図ったテロ宗教の広告塔役が「下っ端という判決は当たらない  URL:

宗教の広告塔と言えば、宗教を宣伝する立場にある。判決理由の「下っ端信者」ではないし、宗教政策にも関わっているのは当然である。この判決理由はおかしいのではないか?「犯罪者逃亡幇助罪」でもあり、釈放したら何を企むかわからないのではないか?「国家展望を企んだ宗教団体」を許したら、「麻原取り返し策略や、国家組織に入り込んで閣僚を丸め込むかもしれないではないか?警戒心が緩んでいる裁判官ではないか?裁判官には選挙時に、「ノー」と言える権利が国民にはある。「テロを起こした宗教団体の広告塔で逃亡者として何年も逃げていた者を「無罪判決をした裁判官の名前」は被害者及び、国内テロにおびえる国民に知らせるべきではないか?そうでなければ「無罪にした理由」を疑われるのではないか?政府の組織に入っているのか?と。政府までが疑われるということである。テロを企んだ宗教団体は、政府の組織に入れてはならない、という警戒心を政府は持つべきである。テロ或いは国家転覆集団が政府の傍にいて、政府側の顔をして、政治を違った道に誘っているのではないか?という状況であるからだ。


No.2542 (2015/11/29 18:49:21 (JST))  
[魚は顔を見分けられる。警戒心の強い魚が出てきた。人間も警戒すべき環境。]
 「国民との合意無き目標」  URL:

魚が顔を見分けられるか、という研究をした人が発表していた。ある魚の水槽のガラス越しに「いつも見慣れた近所の魚と、見慣れない魚を、顔と体の色に分けて、近づくか近づかないかを調べと、その魚は、近所の魚が見慣れない体の衣装でも、近づいていくのに比べ、体が近所の魚の体の色でも顔が違うと、一定の距離を開けて警戒している」という結果を得たのだ。これは、魚は「顔を見分けられる」という事になる。魚の進歩か昔からこういう魚の習性があったのかどうかはわからない。警戒心旺盛な魚なのだろう。これは、人類に近いものがある。ではイルカはどうか?島根県の浜田市にいる「シロイルカ」は私がガラスに顔をつけると、2、3度近づいてきて、4度目には、私のガラスの前に体をぴったりつけて来た。これは、警戒しているとは言えない状況である。従って、どんな魚でも警戒するとは言えないが、研究者の魚は警戒心が旺盛な魚ということであるのは、ある程度の知能があるということではないか?ある人が、人間の先祖は「魚族」だといってた。妄想だろうが人面魚もいたという。人間的魚がたくさんある日本海洋には、人間を育てる資源がたくさんあるが、魚たちにとっては、人間は「警戒する対象」に見えてくるかもしれない。人間界にも、警戒すべき人間が、人間を食おうとしているかもしれない。しかし、そういう人を見抜く能力は「魚より劣る」。顔で「悪を見逃したり」「顔で信じたり」するからだ。昔の人は「優しい顔の悪魔」という事をいっていた。人間には三つの取り柄があるという。顔がいい、心がいい、声がいい、というものであるが、心や声は、言葉で心が見えるし、やっていることで、すぐに警戒に値するかどうか見分けられるが、顔はなかなか見わけられない。魚のように、近所以外は、警戒した方がいいということさ。知らない人について言ったり、知らない国に行く事に対しても警戒しなかればならないのは、当然である。魚さえ警戒するのだから。これからは、誰がテロを起こすかどうかわからない時代に入っていったからには、人間は、あらゆることに「警戒する」しなかればならない。人を信ずることが難しい世の中になったもんだ。誰のせいかわからないが。マイナンバー制では「役場だが、トラブルが多いから、番号を知らせてください」という電話が多いらしい。本当に役場の人かわからないから、信用する人もいるだろうが、行政だから信じられるとは限らない。あらゆる組織にも「警戒する必要がある」という世の中になってしまっている。悪を産むようなものは作ってもらいたくないものだ、と思う。政府の他国を信じてTPPに参入したのであろうが、世界各国は、使いして参入している国が増えて来たらしい。TPPが美味しいのは、日本のような小さな魚の国に入り込めるからではないか?どこかの富豪がこの国の主要産業を乗っ取るかもしれない世界経済戦争に日本は自ら入ってしまった、ということだ。そしてこの経済戦争の兵士は、庶民ということである。政府閣僚は他国に道を開けて、「どうぞ食べてください」というようにして、自国民には「戦おう」と叫んでいるのだ。この「二面性」を国民は見抜けないまま、政府の言う事に利益を期待している。国民にメリットがなければ、税金で補てんするという、TPPを税金で賄う政策では、巨額な税金が必要になる。だから、600兆円必要になってくる。あらゆることを「税金で解決する政策」では行き詰まる。そして気が付いたときは、日本は「どうもがいてもどうにもならない経済戦争敗戦となってしまう」のではないか?やればやるほど「税金を必要とする政策」では、「国益のない政策」ということになる。「やらないでいいような事でも、政策をやる」と決めているこの政府の「ごり押しして決めるやり方」に問題がありそうだ。「国民との合意無き目標」がそれを表している。つまりは「国民を蚊帳の外において」政府が戦争開始を決めた「戦前と似ているやり方」ということである。自分の政党の政策に反対するものを排除するやり方である。「国民に圧力をかける政府」に対して野党は立ち上がるべきではないか?自政党の延命だけしか考えずにいる政府では、国民の税金は「選挙のためのばらまきに使われてしまう。「本当にこの国の経済を救済しようとしているのかどうか」決めてしまったからでは「もう遅いー覆水盆に返らず」となってしまう。国民が安易に付和雷同することの恐ろしさを真から反省しなければならないだろう。イギリスでは「マイナンバー制度」を開始してから3年後に廃止している。政府が変わったからであろうが。この制度で被害が多発したからだという。制度変更で被害が出たら、どんどん申し出るべきである。警戒できなかった国民の責務である。我慢していては「国制度」を悪事に乗っとられてしまうからである。「駄目なもの」は「だめだ」と言える世の中にしよう。それが、「良い制度」にするための知恵である。


No.2541 (2015/11/28 19:45:48 (JST))  
[無罪?逃亡を助けた罪はないのか?逃亡していたのはなぜか?]
 被害者側に立って裁くべき  URL:

あれほどの国家転覆事件を起こした宗教が、許されるなんて被害者や負傷者は納得がいかないだろうな?被害者の側に立った裁判員制度の採用はまったく功を奏していないではないか?宗教にのめりこんだ信者は盲目的なので、たとえ、犯罪をしらされていたとしても、知らない事にするのではないか?教祖自身がいかがわしいものでれば、正しい宗教ではないから信者が正しいとは限らないだろう?一連托生であり、「無罪」は被災者にとって、あるいは、通報者にとって納得がいかないもの」ではないか?仲間を隠していたから、その罪はあるだろう?罪を意識してないならなぜ逃げるのか?国民はおかしな裁判だと思っている人は多いだろう。しっくりこないなあ。「オウム事件」は宗教者が、日本国民に対し、「テロ行為」をしたということであるから、絶対に許してはいけないものではないか?逮捕者のメシは税金から出ているから、早く決着をつけるべきである。この事件で亡くなった被害者は「カレーライス」がもう食べられないのに、逮捕者は美味いカレーを食べているではないか!残された家族の心情を思えば「殺人者が生きているだけで、生きた心地がしない」だろう、それが長い期間だと「何の悪いこともしてない家族は疲弊してしまう」のではないか?裁判を長引かせる理由はなんなのだろうか?被害者の家族は納得できないのではないか?日本の宗教風土では、信者は盲目的ではなくなってきてい。麻原の時代はそうであったかもしれないが、今は、宗派の教祖が気に入らないと、「宗旨替え」をする時代になった。仏教から神道に変える者が増えている。葬儀費用が安いからだろう。宗教が「亡くなった人の魂の鎮魂」宗であるべきで政治にかかわるなと、明治期に「廃物希釈騒動」が起こり、政教分離令ができた。寺院が、檀家の状況を知っているという事で、住民監視通報役をしていて、それをもとに行政側に立った寺が、行政とつまり代官とともに、住民差別をしていたからだろう。今はマイナンバーで国民の収入や、医療履歴が行政にわかるようになっているが、これも国民監視の寺のような役目をしているんではないか?宗教が問題を起こすことは中東をみても明らかだから、「政治と宗教は法律で分離しなければならない」のである。アサド氏は
イスラム教が政治や暮らしにあまりにも入り込んでいるので、国民に自由がないから「分離しようとして、摩擦を起こしたともいえるのではないか?日本は憲法で定められているから、宗教の暴走はあまりないが、現在「政治家個人の信教の自由権利」を謳歌しているが、「政教分離義務」を負うものである事を心に銘記するべきである。


No.2540 (2015/11/28 14:07:06 (JST))  
[オウム真理教の女性元信者に逆転無罪判決]
 陣内  URL:

昨日、多くのニュース報道番組で取り上げられたこの事件。
判決理由は「重大な犯罪行為を下っ端の人間にすべてをうちあけるはずがない」というもので、当時、随分厳格な組織つくりをしていたオウムから考えると、そう考えr多ほうが適当であるかも知れない。もちろん、過去の事柄の真実がどうであったか、など誰にもわかるものではないから、絶対そうだ、とはいい気tれないことは当然である。

実は私は麻原彰晃とは年代的に近く、生まれたのも同じ熊本市である。決して、オウムの事件は他人事には思えない。
麻原は相当初期から、宗教を使った金儲けということを考えていたようだ。
彼は最初「天理教」の集金システムに注目し、その手口を熱心に研究した。
そして、教団名を考えるときも、「天理教に似た名前を考え、あんり、いんり、うんり、えんり、おんり」と長々つぶやき、最後に「しんり」を思いつくに至った。

さらに、あたまに「オウム」という文字を加えた。
「オウム」とはインドにふるくからある、神仏と交流するための基本的なまじない(これを真言=マントラという)のことで、日本では「阿吽」と翻訳されている。

このあたりから「阿含宗」の手法も取り入れ始めた。阿含宗の開祖は桐山彰雄といい、詐欺在での逮捕歴が数多い人物で、依然テレビ朝日で放映されていた「トリック」という番組には「ビッグ・マザーのインチキ」など、多くがこの宗教をモデルにしていた。「阿含」とは、おしゃか様が唯一残した、と考えられている「阿含経」からきているものだが、全く関係はない。しかも、御釈迦様なにも悟りを開いた、と主張するさまは、麻原の「日本でただ意¥ひとりの最高解脱者」といううたい文句に通じている。

さらに、ダライーラマをはじめとする世界の有名宗教者との面会を続け(このあたりも桐山に似ていた)、「お前だけが、私の教えを継承できる」と言われた、と吹聴し続けた。もちろん、チベット亡命政府側からは、取り消し要求が再三来ていたが、知らぬふりを通した。

麻原が利用した信者洗脳の技法は、多くはサラリーマン向け洗脳教育からとっていた。その証拠に初期の幹部には「産業能率短大」を出た人が多かった。このあたり、結局日本の
土壌、精神風土が麻原というモンスターを生んだのだな、と思わせた。

なぜか、麻原の死刑は容易に実行されない。大勢の人が死んだのに、病気だか詐病だかわからないまま、月日だけが経過している。

では、今回の女性信者は麻原のマインドコントロールから完全に抜け出しているのか。
そうであることを願うが、たぶんそうではないだろうな、と私は思う


No.2539 (2015/11/27 23:03:54 (JST))  
[国民から搾取するばかりの政府ではないか?]
 昔から女性蔑視政党ではないか?  URL:

TPPの国内対策では、「農業輸出量1兆円目標」が出された。後継者もいない農家では、自分たちの年間に食べる米を作るのが精一杯で、それ以上の労働は「苦役」ではないか?政府はかってに目標額を簡単に出すが、1兆円の算出根拠を国民に説明もしないで「決めている」のは、民主主義ではなく、「独裁主義」のやり方ではないか?そして、省エネ対策では「中小企業にまで省エネを義務付けるのは、企業のためにもなるからいいとして、その義務に対して実行しなかったら「罰」があるという「義務と罰」を設けている。この「罰」は余分である。まるで、「言う事を聞かない子供のおしりパンパン」ではないか?罰はなんなのか、国民と政府との「合意が無いままの目標」では「押し付けられた政策」となるのではないか?政府は、一体何様で、主権者たる国民に「上からものをいっているのか?」国民を奴隷のように扱っているのは問題ではないか?目標に数値については「国民との合意」がないから、国民は納得がいかないということになる?だいたい、会社ではないのだから、社長が社員にノルマを課すようなやり方はやってはいけないだろう。国民はただでさえ、「納税」という義務で精いっぱいなのだから、そのうえ、社会保障の負担金もどんどん増額しているではないか?そして、納税者は少ししかいなくて免税や補助金国民ばかりではないか?だから、といって、さらに稼げといわれても、現在納税している人にとっては、納税しない人の分まではらっているのだから、これ以上は無理だ。自分は病院に行くのを遠慮して、非課税者の医療分税を払っているのに、非課税者で、年に何回も入院して別荘のようにしている「遺族年金の多い人達」もいるのだから、納税者はやってられない。平成19年4月1日以前に所帯主が無くなった妻は、遺族年金を優先してもらっているから、税金が無いというのもおかしい。平成19年4月1日以降に夫を亡くした妻は、自分の年金であらゆる納税額が決まっていて、遺族年金は月額2万円とかの微々たるものでしかないのに、19年を境に、以前の妻は非課税、以後の妻は、高額納税というのは、「年度で差別的な扱い」をするなどは、おかしな税制ではないか?何の根拠があってそういう差別をするのか?つまり、19年4月以降の寡婦は「所帯主扱い」で以前の寡婦は「扶養者扱い」という税制上だけの所帯主扱いではないか?そして、所帯主扱いの寡婦の税金は多額であるから、実質手取り年金は半分しかないという結果になる。そして、「扶養者扱い」の寡婦は「所得税も無税」非課税で医療費も所帯主扱いの寡婦の半分であるから、病院が居場所になってしまうのだ。なので、「同じ年金額」なのに税制上、課税される寡婦と課税されない寡婦という「いわれのない差別」で、苦しむことになる。寡婦が所帯主扱いされても、何の優遇措置もないではないか。自民党政府は昔から今まで国民からなんだかんだといって、搾取する政策ばかりしているということだ。「国民を生きられなくしている政府なんか政府と言えない」ではないか?


No.2538 (2015/11/27 13:37:09 (JST))  
[テキサス州で、1歳児、オーブンで焼死]
 陣内  URL:

かなりあきれた事件であった。
母親は男友達とデートに出かけていて、オーブンに取り残された女児は焼け死んでしまった、という。

アメリカでは、これくらいの事件は全く稀ではない。
今から30年くらい前、ある老婦人が雨に濡れてしまった、かわいい子猫を速攻で温めようとして、買ってきたばかりの「電子レンジ」に入れて、スイッチを押してしまった。
結果は当然見えていることだが、子猫の焼死体が出てきてしまった。
老婦人は友人たちを招いて、盛大に弔った。

ところが、ここからがアメリカである。
葬儀に集まった中に弁護士がいた。
彼は「この件で慰謝料請求の裁判を起こしましょう」と老婦人をそそのかした。
あげく、老婦人は1億円以上の慰謝料を手にすることができた。
アメリカでは、交通事故があると、救急車より早く弁護士が駆けつける、といわれる社会である。

では、TPPを批准したら、どうなるか?
おそらく、損害賠償の請求訴訟がゴマンと提起されるだろう。
そして、それに対応する日本側の準備は本当にできているのか?

たとえば、国民皆保険。
アメリカの民間保険会社が「自社の革新的利益を得る可能性を損なった」と訴えれば、どうなるだろうか?
裁判は世界銀行内にある紛争処理機関で、一審制でおこなわれる。
その裁判の判事はアメリカ人が多い仕組みらしいので、アメリカ有利に運ぶであろうことは、想像に固くない.
甘利大臣は、「対策は入れてある」と述べていたが、残念ながらニュージーランド政府発表の「大筋合意」文には、全く載っていないらしい。
日本人の悪いくせは、あいまいな口約束が実現する、と考えがちなことだ。
アメリカ人はパーティーでは、陽気を装い「乾杯、乾杯」と楽しげにして、ときには泣き落としまで演じるが、いざお金のことが文書に示されていれば、それまでの友好ムードはあっさりなくなり、相手を破産させるまでに追いつめる人種なのである。

アメリカは来年1月末までの日本国内批准を求めているらしいが、とにかく全文の翻訳をさっさと始めよ。


No.2537 (2015/11/26 19:33:37 (JST))  
[憲法改正は「政党政権のために改正するものでない。」]
 平和憲法を改正したら「平和でなくなる」  URL:

終戦直後の、軍事政権の熱の覚めやらぬ頃の吉田茂首相の感想を、軍事政権廃絶をされて「民主主義国家」になってからの70年後に持ち出す事は「再び軍事政権」を樹立しようとするものではないか?そうではなく、安倍総理は、アメリカを模倣して、「民主主義国家」でも軍隊を持つべき、というものであるから、戦前の軍事政権下の閣僚を持ち出すと、国民は「また戦前のような軍事政権にするんだ」と危惧する。戦後、吉田総理のナンバー2の白洲次郎氏は、「戦後の日本国憲法をこよなく敬愛していた、日本国憲法フアンとでも言う人であったから、閣僚たちは、負け戦の悔しさから「あのような感想」を述べたであろうが、戦後10年もすれば、この憲法は日本国民を大事にする「自由、権利」が充実しているとして、考えもは変って言ったという事だ。つまり、「負けて勝たせてもらったようなものだ」と思ったに違いない。もし、戦後、この日本国憲法が、改正されていたなら、日本国には裕福さも平和も無く、日々、アメリカ軍の戦いに駆り出されていたであろう。日本は、戦前に世界中を戦争に巻き込んだ危険な国であったから、日本国憲法で、武器を持たせてはならない国と決められているのだ。それに素直に従っている事こそ、戦いに関わらない平和な国を維持できているのだということに気が付くべきではないか?そして、「民主主義国家」を維持しつつ、アメリカのように軍隊を持つという姿にしようとしているということであり、民主主義憲法を改正するまでも無く、10年前の有事立法を決めた時に「憲法に追加する形での対抗措置」を決めているではないか。アメリカでは、絶対に民主主義憲法は改正はできない。従って、不足の事項は必ず国会を通して「付加条約として追加している」のだ。憲法はやたらに改正すべきものではないはずである。時の政権によっては、つまり、海外の野蛮者と組んで、この国を乗っ取ろうと企む政権が、国民迫害憲法に変えてしまう事にもなりかねない。ドイツのヒットラーのように、自国民迫害者による憲法改正もありうるようになる。憲法はあくまで「平和、自由、平等、国民主権」であるのが、「国民の憲法」と言えるのであって、「政権のために憲法改正することはありえない」ものである。そういう政党では「国民は選ばないだろう」平和憲法を変えれば「この国は平和ではなくなり、軍事が上に立つ」ということであり、そのために税金を使う。ということであるから、「裕福も平和も失う」ということである。有事には、有事立法があり、これをいま改正しているではないか!それ以上の改正の必要はないだろう。なぜ、改正したがるのか?軍事政権下に国民を敷きたいからではないか?動機や主義が(民主主義」ではない場合は、アメリカは日本を守れないだろう。あくまで「民主主義憲法国家憲法」は維持しなければならないのが日本国の運命である。運命に逆らえばIS国のようになってしまうのである。


No.2536 (2015/11/26 13:00:29 (JST))  
[憲法改正は必要である]
 松岡竹童  URL:http://homepage1.bb-west.ne.jp/leimb/smaho/

憲法改正は必要であり、その内容について日本国民はじっくり論憲して、21世紀国際社会の範とされるべき平和憲法を創るべきであり、天皇制廃止に係る議論も自由になされるべきであると言うこと。

憲法改正に係る具体的な方策としては、日本の有識者のエネルギーを結集して、先ずは政府をして、例えば、憲法9条の改正無くしては、今後の自衛隊の運用は不可能である旨の、問題提起を国民に為さざるを得ないように仕向けることにより、日本国民の政治的自覚を高め、憲法9条その他の憲法改正に係る、充分な熟慮期間つまり論憲の期間を設ける必要がある。次には政府が国際連合に強力に働きかけて、安全保障理事会の常任理事国になる事が必要不可欠である。そして、日本が国際的に孤立する事は絶対に避けなければならないので、憲法改正に係る国際政治的な根回しを充分に実施したのち、国会が憲法改正の発議をする必要がある。

ここに、戦後の日本に有利な条件でサンフランシスコ講和条約を締結(1951.09.08)した吉田 茂首相(1878〜1967)が日本国民に残したメッセージ「改革すべきことがまだまだある。甲論乙駁の間に適切な制度を生んでゆかねばならぬ。徐々に然も適切に時間をかけて。何事も永久不変に妥当な制度などがあるはずはない。」は正に洞察力のある名言である。

憲法1条(天皇の地位・国民主権)
天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。

憲法改正の議題としてはつぎのものが例示として挙げられる。
○ 天皇制に関する議論(PCHP提言4・提言15で詳述)
○ 憲法9条に関する議論(PCHP提言1で詳述)
○ 公金と私学助成に関する議論(PCHP提言7で詳述)
○ 環境権・プライバシーの権利・知る権利など新しい人権に関する議論
○ 大統領制に関する議論
○ 参議院廃止に関する議論
○ 憲法改正手続きに関する議論
○ 憲法裁判所に関する議論
○ 道州制導入に関する議論

提言7は上記のうち、「報道におけるタブーにより啓蒙活動が阻害されている天皇制」について詳述することにする。報道におけるタブーとは、本来言論の自由・報道の自由の下、法的に報道が禁じられているわけではないが、抗議や不利益を恐れて報道しづらい状況下におかれているものをいう。言論の自由・報道の自由は民主主義の実現には欠かせないものであるが、マスコミとて利潤を追求する企業である。読者・視聴者の離反は企業の存亡を左右するのでタブーを作ってしまうのである。各種の報道におけるタブーの中で、天皇制に対する批判は菊タブーとされている。

なお、報道におけるタブーには、政治に関するタブー(菊タブーなど)・宗教に関するタブー(鶴タブー、統一教会タブーなど)・マスコミに関するタブー(スポンサータブー、マスコミタブーなど)・国際関係に関するタブー(反米啓蒙タブーなど)等多くのものが見受けられる。

吾人が恐れなくてはならないのは、20世末の民主主義国家における経済体制は、資本主義経済と社会主義経済との混合体制であったものが、今日では資本主義経済が台頭して資本主義経済に傾斜したため、極端な弱肉強食の格差社会が醸成されたことである。更に、企業は利潤追求が至上目的とされるため、一応内部告発により企業倫理が保たれているかの如き様相を呈しているとは言え、報道のタブーの弊害に留意する必要がある。

今日の日本の民主主義は、事実上自民党独裁下の形骸化した民主主義に過ぎない。そして今日の政権は、侵略戦争の反省という立脚点を欠き、メディアを加担させることにより、平和憲法の精神を尊重する人々を異端視するバックラッシュ(逆流)によって、日本国民をマインドコントロールしようとする姿勢が見られる。今日の世論は主として政治権力とマスメディアの連携により醸成され操作され加工されている。

議会中心の民主政治を理想的に運用して行く根本は、国民の政治的自覚を高め、責任ある選挙によって議会の内容の向上をはかり、正しい世論をもって議会政治を督励・鞭撻・制御して行くほかにはない。主権者である日本国民の政治的自覚の向上・思想の進化が希求される所以である。

さて、米国首脳は日本を仮想敵国と定め長年研究してきたオレンジ計画を1924年に最終決定したことは周知の事実であるが、決定以前から日本の歴史・文化・政治・経済・宗教・風俗等日本の国情についての全ての情報を収集・分析・検討して、日本の国情については通常の日本人以上に精通していた。孫子の兵法「彼を知りて己を知れば、百戦して殆[あや]うからず」を実践したわけである。

米国首脳は、日本の歴史を深く研究分析した結果、日本を統御する最善の策は天皇(玉)を懐柔して手中に収めることであると確信するに至った。更に、終戦前の特攻隊の出現は、日本軍の勇猛果敢さを立証し、米国首脳を驚愕させた。そこで米国は日本を再び戦争の出来ない国とするため、天皇を日本国の象徴であり国民統合の象徴とする平和憲法(1946.11.03公布)を押し付けた。

終戦当時の米国首脳・トルーマン大統領(1884〜1972)の指示により、連合国軍最高司令官であったダグラス・マッカーサー(1880〜1964)は、日本占領政策を平穏裏に且つ効率的に実施するため、昭和天皇(1901〜1989)を懐柔利用する計画を実行した。よって、最高戦争責任者である昭和天皇は、極東国際軍事裁判(東京裁判・1946.04〜1948.11)では起訴されることもなく証人として出廷することもなかった。

米国が昭和天皇の戦争責任を追求しなかった行為は、未だに天皇崇拝・天皇教の呪縛(マインドコントロール)から解放されていない日本国民の大多数を、親米派に取り込むことが出来た。米国の日本統御は成功の第一歩を踏み出したことになる。因みに日本統御に成功して自信をつけた米国は、ベトナム更にはイラクにも覇権主義の触手を伸ばしたが何れも失敗に終わった。

その後、朝鮮戦争(1950〜1953)の勃発により、軍産複合体に係る国益のみを最優先させる米国の覇権主義は、理不尽にも自ら押し付けた憲法9条を侵蝕するに至った。即ち、朝鮮戦争の勃発は米国の対日占領政策の転換をもたらし、日本に再軍備を強要するに至った。朝鮮戦争における米軍の被害の増加は、新しい日本軍を創って、防共の砦の主力とする必要性を生んだ。因みに、沖縄戦での米軍の死傷者数は約8.5万人であり、朝鮮戦争では約14万人であった。

日本政府は憲法9条2項を改正して再軍備をなすべきであったが、当時の国情では硬性憲法を改正出来ないことが明白であったため、「自衛隊は戦力なき軍隊である」「自衛の為の戦力は憲法の禁ずる戦力ではない」等詭弁を弄して米国の要求に応えざるを得なかった。そして遂に、米国の傀儡政権と化した政府(小泉政権)は、米国の意のままに動く軍隊(自衛隊)を創り上げてしまった。

さて、明治新政府は当時の欧米列強の東洋侵略に対して、日本を防衛し且つ国運の隆盛を図るため、天皇を中心とした国家神道(天皇教)と富国強兵(軍国主義)との政教一致の国策遂行目的で、蒙昧な日本国民に幼少の頃から、明治新政府が天皇を神格化するために平田神道を基にして創設した、現人神である天皇崇拝・天皇教を、義務教育などを通じて徹底的に叩き込んだ。この国策は終戦に至るまで、極めて巧妙に且つ強力に継続して推進された。

当初は学校の講堂や職員室・校長室に、天皇・皇后の写真と教育勅語を納めた「奉安所」が設置されていたが、関東大震災(1923.09.01)以降は学校正門横に耐火構造の「奉安殿」が設置された。戦前・戦中の全ての小学生・中学生・教職員は、登下校時や単に前を通過する際にも、服装を正して「奉安殿」に最敬礼をすることを義務付けられた。小学生さえも教育勅語の暗誦を義務付けられた。軍隊に入隊した軍人は、「朕は汝ら軍人の大元帥なるぞ、軍人は忠節を尽すを本分とすべし。死は鴻毛よりも軽いと覚悟せよ」の文言が記載された軍人勅諭の暗誦が義務付けられた。

更に、日本の国策に反対する者は即ち天皇の命令に背く国賊である。国策が思うように遂行出来ないのは天皇の赤子である国民全体の責任であり国民の努力が足りなかったからである。いかなる不測の事案が発生した場合であってもそれは人間の姿をして地上へ降臨された神である天皇・現人神の責任ではない。「天皇は神聖にして犯すべからず」の存在である。天皇の意を戴して国民は最善の努力をなすべきである。このように、戦前・戦中の国民はあらゆる機会を通して、骨の髄まで教え込まれた。

如かして、神権天皇主義(天皇教)に基づく神道(神社)国教制を国体の根本義とし、他方富国強兵策に基づく軍国主義とを車の両輪とした政教一致の義務教育を徹底して実施した結果、日清戦争・日露戦争に勝利することが出来たが、薬が効き過ぎて、太平洋戦争開始前には、澎湃として興った国家主義・軍国主義・ファシズムは、天皇以外は、政府・軍部をはじめとして、何人たりとも押さえる事ができない物凄いエネルギーに迄高まってしまった。マスコミも挙って、鬼畜米英撃ちてし止まんと書き立てて戦意高揚に協力させられた。当時の日本で戦争反対を唱える事は、とりも直さず、一家眷族が抹殺される事を意味した。

日米開戦に反対の立場を採っていた当時の海軍次官(海軍中将)山本五十六は、東京におれば暗殺されること必至の状況下に置かれていたため、海軍首脳は彼を連合艦隊司令長官(1939年8月任命)として、テロの手の及ばない海上に逃がした。

教育による洗脳・マインドコントロールの怖さを思い起こすと共に、人間が如何に心理的に弱い面を持っているかの証左とも見る事が出来る。そして遂には、神国日本・神州不滅のかけ声のもとに、現人神(あらひとがみ・living god)である天皇を頂点に戴く選民である日本民族は、他の民族に優越した民族であり、地球(世界)を支配すべき使命を持つという、八紘一宇(はっこういちう)を夢見る狂信的な神国主義(天皇教)が日本を戦争に駆り立て、近隣諸国に大いなる迷惑をかける結果を招来した。

21世紀の今日に至るも、未だに天皇崇拝・天皇教を信奉する多数の政治家や日本国民が存在する事実は、78年間(1868〜1945)にも及ぶ政府のプロパガンダによるマインドコントロールの凄まじさの証左である。

なお、教祖名浅原彰晃(松本知津夫)創設のオウム真理教の信奉者たちの中には、一流大学を出た若者が多かった。人の命を救いたくて医者なった者もいた。彼等が短期間で殺人マシンに変身させられた事実の裏には、日本国民のDNAには宗教の麻薬性に弱いという遺伝子が潜んでいるのかも知れない。

以上で解ることは、天皇制を温存していると、天皇は権力者の傀儡として利用されて、思想統一の道具とされるということである。

つぎに、国家の組織形態・統治形態としての君主制を認めると言う事は、「人間は生れながらにして、その身分には上下がある。」と言う事を肯定する事になり、その事は取りも直さず、人種の差別、身分の差別、職業の貴賎、等の非人道的な差別概念を生み出す制度を容認する事になる。「人の上に人なく、人の下に人なし。」とする民主政治の平等主義は、本来君主制とはなじまないものである。つまり、天皇制の廃止なくしては、真の民主主義国家日本は誕生しないということを、吾人は認識する必要がある。

例えば、米国の白人優越主義の秘密結社クー・クラックス・クラン(KKK)の活動に見られるように、一部の白色人種の心の中に、今日でも強く根付いている有色人種に対する差別概念を払拭する為には、英国や日本等に前時代的な残滓として未だに現存する君主制を地球上から廃絶させる必要がある。

そもそも特定の家系に連なる人間を、ただその血筋ゆえに生まれながらに尊いと考えるような不合理を押し通す体制のもとでは、逆に特定の血縁集団に属する人間がその血筋ゆえに無条件に卑しいものとして差別され排除される結果になるのも当然の理である。日本に於ける同和問題の抜本的な解決も、君主制の廃止無くしては有り得ないと言う事である。叙勲における官尊民卑の等級差別や等級による人格差別、実力主義を阻む権威主義、等何れも亦然り。

更に、神道の祭主である天皇を日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であると定めた憲法の規定そのものが、政教分離の原則に反するものと言わざるを得ない。君主制は、日本における民主主義の成熟を阻害する要因であることに日本国民は覚醒するべきである。

誤解を招かない様に付言すると、飽くまで思想家としての立場で、天皇と政治との分離の必要性を述べたものである。つまり、国民主権主義を謳った日本国憲法1条の立法趣旨に基づいて、国家の組織形態・統治形態を捉えて見た場合における、君主制(象徴天皇制)の否定であって、天皇並びに天皇家の否定ではない。吾人は日本国民として、条理上「君主制に基づく自由権侵害の桎梏から解放された天皇・皇族の人格、並びに文化としての天皇家の存在」を尊重すべきである事は、論を俟たない。

なお、女性の天皇や、天皇の自発的な退位を認める皇室典範改正の動きが見られるが、近代的民主主義思想の根底たる、自由及び幸福追求権をも含む個人人格尊厳の理念からも、人道的な見地からも、進歩的な思想の台頭であると評価出来る。「退位の自由・天皇制の廃止」をも含んだ21世紀に相応しい進歩的な皇室論議が展開されることが期待される所以である。

ここに、天皇・皇族を生涯に亘って、制約で雁字搦めの囲いの中に閉じ込めて自由を剥奪する事は、21世紀の今日に於いては正に人権(自由権)侵害そのものである。天皇・皇族の人権を守る為には、憲法を改正して、天皇・皇族に係る第一章(1条〜8条)の規定を全て削除する。天皇を政治から完全に縁を切って、宗教法人である神道(靖国神社・伊勢神宮)の祭主とすれば、天皇・皇族の人権も保障される。そして、政治から完全に分離された天皇が「私人である神道の祭主」として靖国神社に参拝すれば、天皇のため即ち日本国民のために尊い命を捧げた英霊の慰霊は万全のものとなり、且つ何等の制約も受けるものではないことは当然である。総理が敢えて参拝する必要もなくなり、政教分離の原則も確立する。

憲法を改正して天皇・皇族に関する規定を外して、天皇・皇族と政治とを完全に分離する。天皇・皇族は文化的存在として残る。如かして、天皇家は国家予算(宮内庁関係予算約190億円)に依るのではなくて、宗教法人あるいは財団法人として、天皇家を支えたい人達が支えるのも一つの方策ではないかと思料される。

更には、菊の紋章をブランドにした株式会社を設立して市場に参入する方策も考えられる。ブランドイメージに基づく会社の発展が約束される事は必定である。勿論、天皇及び皇族の意思が最大限に尊重されるべきであることは当然である。例示として、天皇・皇族が菊の紋章の清酒・製菓会社を設立して、代表取締役・取締役若しくは大株主になれば、信奉者の協力で事業は安定して、東証一部上場は間違いない。日本国民としての天皇・皇族の生活は経済的にも極めて安定したものとなり、21世紀の人類にとって一番大事な「自由」を満喫できる。彼等も人間としての最高の幸福感を味わうことが出来る。

因みに、現在の日本の国家組織形態は、象徴天皇制という独特の機構も認められているから、立憲君主制と議会共和制の妥協形態と捉えるのが妥当である。

それではここで、日本に於ける君主制(天皇制)温存の弊害を要約すると次のとおり。
1.人は生まれながらにして、その身分には上下があることを肯定することは、民主主義の理念に反することになり、人権差別の元凶となる。
2. 天皇制を温存していると、天皇は権力者の傀儡として利用されて、思想統一の道具とされる。
3.特定宗教である神道の祭主である天皇が、日本国の象徴であり国民統合の象徴とされるのは、日本国憲法が定める政教分離の原則に反する。(提言4参照)
4.宮内庁関係予算、毎年約190億円は、税金の無駄使いである。
5.21世紀に於ける天皇制は、天皇・皇族の人権〈自由権)の侵害を醸成する。

ここに、非人道的な差別概念を地球上から完全に払拭して、地球上に究極の平和を招来する為の理想社会である、地球共和国を設立する為には、外面的にはPCHP提言2で論述しているように、国家主権の及ぶ領土の境界を示す国境の廃止並びに君主制の廃止、内面的には、PCHP提言5で論述しているように、人間が正しい人生観・世界観を持つ事、思想の進化なくしては不可能である。

因みに、今日の時点で言える事は、終戦後、帝国憲法の改正手続きに依るのではなく、天皇制を廃止して、国民主権主義にふさわしい、議会共和制に基づいた新憲法(平和憲法)を制定公布するとともに、新しい国旗・国歌を制定して、すっきりした形で、地球(世界)の範とされる民主主義国家体制を創るべきであったにも拘わらず、米国首脳の指示により、当時の連合国軍最高司令官であったダグラス・マッカーサー(1880〜1964)が、日本占領政策を平穏裏に且つ効率的に実施するため、昭和天皇(1901〜1989)を懐柔利用した事が、禍根を残す結果を招来した原因であると思料される。

よって、提言1で論述したように、憲法改正に係る日本国民の政治的自覚が高まりその結果、憲法改正に止まる事なく、例えば議会共和制に基づいた新憲法(平和憲法)制定の気運が醸成されたと仮定した場合、日本国民は、「国民の直接選挙により選ばれた大統領制を採用して、大統領に強力な権限を持たせる、つまり、大統領に行政権の首長としてのみならず日本国の元首としての地位を与える。」若しくは「議員内閣制を採用して内閣総理大臣に同様の地位を与える。」この二つの、国家の組織形態の何れを選択すべきかの命題に直面する事になる。政治的自覚のより一層の成長が日本国民に期待される所以である。

なお、森 喜朗首相が、2000年5月15日開かれた、首相自らもメンバーである「神道政治連盟国会議員懇談会」の30周年祝賀会の挨拶で、「日本の国は、正に天皇を中心にしている神の国であるということを、しっかりと国民の皆さんに承知していただく、その思いで我々が活動して30年になった。」と発言したが、森内閣に代わって、2001年4月26日小泉内閣が発足した。小泉純一郎首相は、主権者である国民が選定するべき首相を、主権者ではなくて象徴に過ぎない天皇が任命する首相公選制を主張している。前時代的であり且つ民主主義の成熟を阻害する象徴天皇制(君主制)を未だに墨守する消極的な姿勢は嘆かわしい限りである。

首相公選制を提唱するのであれば宜しく象徴天皇制を廃止して、国民の総意に基づく新憲法を創設して、例えば、国民の直接選挙により選ばれた大統領制を採って、大統領に行政権の首長としてのみならず、日本国の元首としての地位を与えることにより、21世紀における民主主義国家としての成熟を促進する創憲の姿勢(日本の国家組織形態の構造改革)を忘れてはいけない。

さらに、小泉首相は中国・韓国の要請に応えることなく、違憲判決の出ている靖国神社への公式参拝を続行したため、隣国との外交関係を極度に悪化させてしまった。そして遂に米国の要請に応じて、憲法9条を無視して、自衛隊の海外派兵までも実行してしまった。

21世紀の今日に至るも、未だに天皇崇拝・天皇教の呪縛(マインドコントロール)から解放されない多数の政治家や日本国民が、米国の傀儡政権を作り上げ、その結果再び日本を戦争の渦中に巻き込む愚行を繰り返そうとしている。この現実を日本国民は正確な歴史認識に基づいて洞察する必要がある。

時代の大変革期に求められているのは、解決すべき問題を無理に既存の国家の組織形態に当てはめる努力ではなく、国家の組織形態そのものを新しい時代に適応したものに作り変える努力である。日本国民がこの真理に目覚める日の早からんことを期待する所以である。


No.2535 (2015/11/26 12:07:55 (JST))  
[これでは、まるで「免罪符」−昨12月の総選挙で「最高裁は「意見状態」]
 陣内  URL:

最高さの判決は皆さんご存知のことと思うが、結局与党側は、最後の
「選挙無効とするには当たらない」
というところだけが独り歩きしているように思える。
どんな制度にも、よい点、悪い点があるだろう。
しかし、今の「小選挙区・比例代表並立制」では大きな欠陥がうきぼりになってきていることは明白だ。
まず第一に、「死に票」があまりにも多すぎる。おかげで、比例代表では25%程度の得票率しか得ていない自民党が圧倒的議席数を誇り、「特定秘密保護法」も「平和安全保障法」も、強硬採決で通してしまった。
しかも、憲法解釈を、ひとつの内閣の判断だけで変える、というおまけまでつけて。
これはもう、独裁政治である。

二番目に、昔は金がかかりすぎた、ということで小選挙区制に代ったわけだが、その成果は出ているのか?
たとえば、最近話題になった小渕優子議員。
かつては、父親の敬三氏は同じ中選挙区に中曽根、福田という超大物がいたために、常にギリギリのところでの当選だった。敬三氏は自分のことを
「ビルの谷間のラーメン屋」
と称していた。
今はどうか?
小選挙区で当選できるだけの後援会さえ確立しておけば、あとはトコロテン式に当選できてしまうので、演説はすべて棒読みでも、収支報告書が読めなくとも、楽勝で当選できる。
かつて、田中角栄さんは、こう言い放った。
「結婚式には招待状がないと、出入りできないが、通夜・葬式には香典さえ持っていけば入れてもらえる。」
今は香典は禁止だが、無論抜け道は多々あるだろう。
東大病院の医師は大学時代、小渕氏と同時に大臣を辞職した松島みどり氏と同学年であったそうだ。
松島氏は常々、
「趣味は盆踊り」
と公言しているらしいが、医師は「そんなこと、聞いた覚えはない」という。つまり、香典ではないが、ウチワに一言、「お役にたちます」と書いておけば、同様の効果は生みうる。
これでは、違法でなくとも、脱泡とはいえ、「法務」大臣ではなく「無法」大臣であったわけだ。

第三に公明党(創価学会)のステルス票の問題があげられる。
一般には、小選挙区での当選には8万票から10万表が必要だが、そのうちの1.5万から3万票を公明党に自民党は貰っているのが実情だ。
これはやはり健全とは言い難い。
こうした怪しげな当選者がかなり多い、という今の実情は変える必要がある。

結局、いかなる法、制度も為政者によって捻じ曲げられる、ということか。


No.2534 (2015/11/25 18:14:29 (JST))  
[ナルシストで時代錯誤者が今もいるのではないか?]
 自死する人は未来より、今が見えない  URL:

つまり、三島氏はナルシストで時代錯誤者であったということだね。シーラカンスかあ。いや、退化したガラパゴスかも。火山が噴火したら、化石となるのかも。灰よりはましか。
話は変わるが、日本列島は2万年前の火山噴火では「火山だらけだったとか」しかし、マンモス象の化石もあったというから、古い古い列島だ。特に離島は火山でできているというから、火山の山だらけということになる。特に山陰地方には「2億年前の「片麻岩」があちこちにあるらしい。島根県では、90ケ所の内離島の隠岐の島に50ケ所も片麻岩地帯があるというし、生き物も先住民のごとくその種を延々と継承している。古墳も紀元前のものではないかというものが日本海一帯にあるから、古代社会形成時代は今までの説を紀元前にさかのぼって研究しなおさねばならないだろう。原始時代にも統治者がいて、同一古墳での社会的な交流やつながりがあったということだからだ。今まで、歴史は、政府側によって国民に知らされてきた感が強いが、国民側からの研究が進めば、どんどん新しい歴史が出てくるのではないか?と思うのである。古代歴史の研究は「お宝さがし」でもある。日本には、未発掘のものがあるのではないか?とわくわくする。
所で、三島氏に対する近代小説家たちの批評で、彼が、妄想家であったこともわかった。これも新しい発見なので書物にしてもらいたいくらいだ。なつかしい遠藤周作氏の名前を聞いたが、彼はキリスト教信者ではなかったか?ある女を自分のためにその善良で優しい心を利用して自分のいいようにしてきた後、捨ててしまった、という小説を読んだが、かれは「自分に罪を感じて懺悔している」という心を小説にしたのだ。キリストにその罪の苦しさを訴えたいのだろう。かれの終末は「癌」であったのがそれを物語っている。人間は、必ずいつか、自分の罪を強く思い出す時がくるということを遠藤周作氏が教えているのだろう。決して、「同胞の女神の子供である「人間同志が」敵視して、殺戮してはならない。終末に大きな苦しみが待っているということを教えている。


No.2533 (2015/11/25 10:53:40 (JST))  
[45年前の今日、三島由紀夫切腹]
 陣内  URL:

初めに、少し小難しい文学論を。

日本の小説には「私小説」と「ロマネスク文学」とに、一般には分けられる。
その中では、芥川賞受賞者を見ればわかるとおり、圧倒的に「私小説」作家のほうが多い。
日本において、ごくまれなろまねすく文学に挑戦したのが三島だった。
そして、三島の全盛期は、実はデビュー時にあった。
それは戦後まもなくの、政治も文学も方向性を喪失している季節のことだった。

圧倒的脚光を浴びて、早くもマスコミの寵児となった、そしてそれは三島が初めてだった。(のちには、石原新太郎や野坂昭如らが出たが)。
しかし、その後、第一回のフランス留学生が帰国すると(それは遠藤周作や森有正などの大盛況だった)三島の文学に対する批判が起きてきた。
安岡章太郎は
「三島の文学は、実はヨーロッパに行ったこともない人間が書いた、よく言えば幻想的、悪く言えば観念的、嘘っぱちの文学だ。それに比べて、遠藤の小説には、明らかにヨーロッパ文明を呼吸した痕跡が認められる」
と述べたし、かつては三島を絶賛した川端康成の
「三島の文学からは未来が見えてこないのはたしかだ」
と述べた(類例として、小林秀雄も上げたのだが)。
そして、自分の番g九が成長しないまま、円地文子や深沢七郎らが迫ってくることに怯えていた、

三島の晩年は作家というよりも、肉体礼賛の美学者になり、柴田錬三郎などは
「それに、吐き気を催させるほどの奇矯さがあった」
とエッセイで語っている。

しかし、三島という人は自分および他人の批評には抜群に優れていて、おそらく自分の現状を深く認識しながら切腹したのであろう。
彼にどうしても理解できなかったことは、自衛隊員の多くは地方の貧困層の出であり、自分が描く、1930年代の「2.26事件」のような国士はおらず、天皇崇拝の機運も全くなかったことであったようだ。

後日談として、三島の切腹で助かった人物が一人いた。
それは中曽根康弘で、当時防衛庁長官だった彼は、雑誌の中で三島を礼賛し、天皇制への復活を強くアピールしていたらしい。
当然、その雑誌企画は中止になり、相変わらずの将来を見通した賢者のようなそぶりを、その後も通した


No.2532 (2015/11/25 10:23:24 (JST))  
[悪は壊滅しても出てくるのではないか?「心が降伏してない悪だから」]
 心から悔い改めない悪は甦る  URL:

今回各国首脳でテロを壊滅すると宣言した。各国民はどうであろうか?欧米各国の恐怖を思うと本当にテロは恐ろしいと思うが、日本国も「真珠湾攻撃」した時にアメリカはテロととって反撃したのであろう事を思うと、IS国はやってはいけない事をしたと思うから、平和国民としては「IS国には心の底から降伏してもらいたい」と思うのである。世界各国もテロのために大事な兵士を失わずに「心から降伏させ、裁判にかけ、罪の心を呼び戻させ、被災者に謝罪させてから刑を下さなければ、天には召されず、地上にさまよい再び後の世に、被災者や、テロの「仕返しの災い」をなすのではないか?アルカイダ系の残党が今のテロに交じっているのでは、また、同じことを、壊滅後に繰り返すのではないか?と思うからである。後世に「お手本となるやり方を先人が示すことで、未来のテロを防ぐことになるのではないか?」と思うのである。イスラム先住民民族壊滅攻撃をやらねばならない事の説明を各国で納得のいくように説明しなければ、兵士を失う家族は納得がいかないだろう。日本民族も戦前、壊滅させられそうになった民族であることを思うと、哀れ一つの民族が消えていくのだと恐れ多い「人間の業」の非人道的なるを戒めねばならないのだとつくづく思うのである。


No.2531 (2015/11/25 08:10:02 (JST))  
[軽減税率は選挙時の票集めの「公約」ではないか!「無いものは払えない」という政府の発言]
 海外ばらまきをすれば「国内は救済できない政府」  URL:

「消費税を8%に上げる前には、消費税は「社会保障費になる」と言っていたではないか?そして、上がった後は「軽減税率を設ける」と公約したではないか?あれから2年間、何もしなかったが、その間の2年分の軽減税はどこへ使われたのか?選挙時の「軽減税を作るから」といって票を集めた選挙は「国民を騙した事「無効」ではないか?だから、「無いものは出せない」というのもおかしい。消費税8%で増える間接税は「20兆円」にもなる。ここから一部国民に返還することができるのではないか?ある金が無いというのは「社会保障ではなく他に流用された」ということではないか?たとえば「総理の海外遊行」とかは5兆円というではないか?選挙時の公約を真っ先に遂行しないから、「ある税をほかに使ってしまった」のではないか?今回上がった「消費税3%増」は7,5兆円増である。消費税3%上げる前と、上がった後の社会保障支出額が7,5%増されているかどうか、野党は緊急に調べて国民に知らせるべきである。「無いものは出せない」というのが本当かどうか、与党の公約を平気で破棄しようとしている発言は信頼できないものである。日本国民の血税乗っ取り政府なのか?とも思われるからである。もし、払えない状況にしている政府であれば、節税する野党と交代するべきである。海外に巨額なばらまきをしている政府では、「国内は救済できない政府」という事であるからである。


No.2530 (2015/11/24 22:10:21 (JST))  
[この国の主権者たる国民を罪に陥れる政党?独裁で決める越権行為。]
 三権分立の司法に介入ではないか?  URL:

共謀罪では、世界中に「テロ攻撃」を促している総理はどうなのか?共同で一国を倒すことは「多勢に無勢」ではないか?なんか、戦前の日本を見ているようである。戦前の真っ暗い世の中をイメージする言葉が「特定秘密罪」だったり、「共謀罪」だったり、「罪名」を増やすなんて「この国の主権者たる国民を罪に陥れている政党」では選べないでしょう。政治が罪名を増やすなんて「三権分立の司法に介入する越権行為」ではないか?自民党は「憲法の秩序の「三権分立」を無きものにして、「我が物私物化している」のではないか?法の秩序を知らないのかも。ハトがタカの真似をしたらおかしなことになる。三権分立の司法乗っ取り政党は国民にとっては「脅威」であり選べないでしょう。暗いねえ。楽しくない政党。
国民をないがしろにして暗い政党では国民はストレスで胃潰瘍になってしまう。若い女性の自殺者未遂者が5万人とか。安倍政権になってからどんと増えているから、世の中暗くする政党ではないか?公明正大で大らかな明るい楽しい政党に交代してもらいたい。


No.2529 (2015/11/24 15:46:50 (JST))  
[谷垣・自民党幹事長「共謀罪の早期成立を」]
 陣内  URL:

共謀罪の細かい定義は、よくはわからないが、要するに、犯罪を企画したもの、あるいは密告の対象になったものを罰する法律であるようだ。

実は過去に、この共謀罪法案は3度、廃案になっている。
結局、審議が長引いて、次の選挙に差し支える、という判断から与党側が取り下げたものであるらしい。
しかも、各回で法案の趣旨説明は、それぞれ異なっていた、というから、おいおい、である。
もともとは、経済事犯のマネーロンダリングを防ぐために国連やインターポールから催促されたのが、はじまりであるそうだが、日本では与党の都合で、それを捻じ曲げて理解し(たふりをして)、国連からの強い要望がある、と言いくるめてやってきたわけだ。

それも、従来「ハト派」とみられていた谷垣氏がいいだすのだから、これも、政権禅譲への「踏絵」ということか。

前後は治安維持法の撤廃により、共謀罪は表面的にはなくなった、かに見えるが、案外そうでもないらしい。
今から50年近くまえには、旧国鉄の労組代表の人が痴漢のかどで逮捕された。これはのちに冤罪と分かったが、すでにこの人の活躍の場は抹殺されていた。
それから10年ほどして、ある検察庁検事が、警官を使って、共産党の当時の幹部の盗聴をやらせた。それはバレテ、大事になったが、検事も警官も罰せられることはなかった。
しかも、その検事はのちに公明党の代表になった。たしか、神崎という名前である。

今回の提案は、「特定秘密保護法」からの延長戦上にあり、既定の路線である、という。
最近、防衛省の幹部(「総監」という肩書がある)が機密をロシア大使館に流した角で捕まっている。
しかし、その人の名前は公表されず、犯罪の処理も「書類送検」という軽犯罪法的扱いですまされてしまった。
これこそ、「特定秘密保護法」の妙味なのだろう。

戦前の共謀罪の代表例として
「大逆事件」
があげられている。
その詳細な情報は伏せられていて、表に出ていないが、作家の水上勉という人が
「古河力作の障害」
という電気小説を書いているので、興味のある人は参考にされたい。
古河は学問もない、ただの全量な凡人であったのだが、なにかの拍子に大逆事件に賛成してしまう。で、結局、死刑になってしまうわけだが、おそらく古河は最後まで、自分がなぜ罪科にかあっているのか、わからなかったのだろう。
そこにあるのは、あくまで政治の論理であり、個人の自由や権利よりも国家の権利と、それに基づくウムを言わせぬ強権あるのみだった。

今は戦前ではない。しかし、安倍首相にはどうも、戦前の強権的国家主義への回帰を望み、憧れている気配がある。
おそらく、警察、検察にも、そういう「自分は神だ」的高揚が感じられる


No.2528 (2015/11/24 11:29:06 (JST))  
[戦闘における「兵法」は「武器しかないのか?これでは進化しているか?]
 経済戦争での国の守り方は  URL:

紛争による解決方法として、IS国が罪もない他国の人達を殺戮しだしたから、世界は「壊滅攻撃をする」と言い出したが、「それしかないのか?世界中の国に「殺戮する」という罪を負わせたくなくて言っているのだが、本当に「それしかない」のか?民主主義国家は「国民の知恵と工夫と話し合い」で決めるが、今は各国の首脳が決めているではないか?日本の戦国時代に「国民の代表の豊臣秀吉」がいて、その参謀に黒田官兵衛がいたことは大河ドラマでも皆知っているが、彼らはなるだけ「血を流さないで降伏させる方法」を模索して、水責め兵糧攻めなどをして、相手を降参させている。織田信長の時代の鉄砲による壊滅時代を思えば、「兵法の進歩」である。現在、また武器弾薬による兵法での戦いでは、兵法は退化しているとしか思えない。最高の進化とは「対話という知的交渉での講和状態を構築できる種族」が人間の進化状態ではないか?
「対話ができない相手」では、武器に因らなくても「兵糧攻めや、水攻め」があるだろう?水が無くては生きられないから、武器と同じではないか?空爆も泥攻めとかで町を沼にするとかである。人間の種の保存を優先するべきではないか?「種の壊滅をしないために、スポーツによる闘争本能の正しいあり方を決めているではないか?」海外のある町では、境界線の争いに「相撲で決着をつける」という町があり、負けたものは仕返しをしてはいけないことになっている。これも、何万回もの殺戮決着を起こした歴史から、学んだ紛争決着のつけ方という「人間の知恵の進化」であろう。相撲に勝つために男性たちは、体力を磨き農業にもこれが「役に立つ」というものだ。日本の相撲が「紛争解決に役に立っている」ということでもある。世界の紛争の解決方法に「知恵の進化」があるのかどうか、いまは退化している有様ではないか?ところで、テロなどを起こす人種があるかどうか?だが、そういう人種は無い。これは、環境による或いは薬物による「脳の破壊」状態であり、「脳の人間らしさ」を失っている「前頭葉破壊状態である」といえる。戦闘を起こす人間の、「脳の興奮状態」の持続による破壊」ということである。薬物とは、興奮状態にする悪質な物質であり、それには虐待の副作用を伴うのではないか?とも思える。
各国に潜む悪質な薬物或いは「副作用が全身に及んんだり、脳を悪質にする薬」かどうか検査が必要ではないか?与党の厚生労働部会が政府のTPP政策に「国営皆保険制度」と「食品添加物の導入」に懸念を出したが、「薬物の導入」にもけん制してもらいたいものだ。次世代を担う若者がいつの間にか「薬物依存症」になっていたという事が無いように厳しく取り締まりをしてもらいたい。


No.2527 (2015/11/23 09:11:02 (JST))  
[キリストは「罪」を認めよ」さすれば「されば心は救われる」と教えるだろう。]
 イスラム教の初心に還れば人間愛があふれているのではないか?  URL:

陣内さんがいっていた「相手の説得には相手を理解しなければ相手は聞く耳を持たない」という寺の看板があった、とこの書き込みに書いてくれていたことをかみしめる。仏教である。仏教には説教があるから、説得という言葉が出てくるのだろう。「民意に対して聞く耳を持とうとしない政府」にはどう対処すればいいのだろうか?国会を開かず、海外にばかりいる総理の活動を若い女性が「あんなにテロ退治を海外で騒げば
狙われると心配していた」魚でもなんでも動物には危険予知能力があり、特に魚は地震の1週間前から人間に異変を知らせてくれる。女性も男性より危険予知能力は強い。子供を産む立場の女性は「子供を守るために本能的に危険予知能力が優れている」のである。それが、男性の闘争本能を妨げるとしてIS国の男性は、女性や子供に対して厳しい虐待を強いている。こういう「男性の闘争本能丸出しの人間国家」に対して「盗人にも三分の魂」と同情をかけているのが仏性ではあるが、同情は、盗人に罪を重ねることになりはしないか?と再犯での罪の重ねを心配する。つまり、性善説であっても「同情」では罪を意識させることができない、と思うのである。仏教でも様々な仏教がある。罪を意識して苦しんでいる人間を救済しようという浄土真宗では、罪人の苦しみに対しての救済として「相手を理解して責めるな」という精神であろう。性悪説では、殺戮まで及んだ場合は、「本能の快楽での罪」として、戒めるべき、という「正義感」という別の攻撃本能が芽生える。IS国に入った若者には、殺戮集団の中にいるが、それを「神に対して正義であり「是」であるとする宗教集団であり、「闘争本能」を満たしてくれる「快楽」となっている。その証拠には最近とらえられた若者が「生きている」と感じた、などといっている。つまりは本能的な闘争本能を攻撃によって満足させたという「本能人間」と化してしまっているということである。戦前、日本国兵士を「天皇のために」という言葉でマインドコントロールをした軍事政権のやり方と同じ「被マインドコントロール人間」ではないか?これに対して「同情」できるか?と思うのである。殺戮を繰り返す宗教は「尊敬できない」宗教。「キリスト原理主義の教え」に反する「殺戮を繰り返す国々」では理解不能である。「殺戮に対しての罪悪感」が無い限り、その国の宗教は「殺人罪を是tなす変貌宗教国」となってしまっている」ということにならないか?単なるライオンの「縄張り争い」と同じではないか?そうであれば「勝つか負けるか」しかなく、説教は通じないと諦めてしまう。相手を理解するのであれば、次のようになる。イスラム原理主義者達にとっては、後から来た、歴史上では「キリストを金で売ったユダヤ人」がイスラム教信者であり、裕福さや有能さをかさにきた独裁的政治が「イスラム教の乗っ取り」に見えて、イスラム教開祖であるIS人にには「脅威」であり、「絶対に許せない」ものになっているのであろう。イスラム教の先住民をはく奪してきたイラク政府であったのではないか?そうであれば、分家が本家を迫害しているのであるから、先住民いじめがIS人を悪の人間性にしてしまったということになる。これであれば「盗人にも三分の魂」はあるのだろう。従って、「IS国」を沈めるには「イスラム教で育てられた国々がイスラム原理主義のIS人を先住民として認めねばならない」ということになるのではないか?しかし、今はIS人は「世界が自分達を認めてくれない」と自暴自棄になって、何の罪もない他国人を殺戮しているので、「まともな人間性を失っている状況である。」こういうことを続けていると脳の前頭葉は「殺戮」を覚えて訓練させられるので、前頭葉では「罪」の意識も薄れていく。「殺戮は罪」ということを前頭葉に教えるには、繰り返し繰り返し教えていかねば、腦が「悪を繰り返し教えていく」ことには勝てなくなるのである。したがって、「三分の魂」を信じて「繰り返し繰り返し殺戮は罪」と教えるべきだが、いわゆる「聞く耳」を持たない人間にとっては、「聞かないで自分達の思い」だけを重視しているとうことである。彼らの思いには、「宗教」しかない。それが善であろうと悪であろうとだ。信じる原因には「マインドコントロール」による「無反省心」がある。つまりは「崇拝主義国家」におこちがちな心理状態である。民主主義国家では、あらゆる国民の知恵で生きるから、崇拝者の知恵では生きられない。宗教は「亡くなった人への鎮魂団体」という存在である。政治や国民の暮らしまでにまで宗教が及ばないように「政教分離」を憲法で定めている。アサド政権は、イラクの独裁政権を引き継いで、宗教への敬虔さを失っていたのではないか?あるいは、宗教改革をしていたのではないか?そうであれば、「先住民の意向」を聞かないで独裁政権とISが怒るのではないか?こういう事になった時に「アサド氏」は後悔していた。始めは「権力を誇示しただけだ」と。それに火をつけたのは「IS人」ということになる。そして、闘争を繰り返すうちに、IS国にとっては「イスラム教」を守るためと、生きる場所を奪われるという恐怖で「どんどん非情になっていった」のだろう。戦前の日本と同じである。日本国も軍部は天皇が降伏宣言をしたのに、「誤報」だと司令部に通達を出して、マッカーサー元帥が厚木基地に来るという前夜、飛行場を戦車で埋めて飛行機が下りられないようにしたのだ。このまま闘争を続ければ、IS国のように、辞められなくなっていた。世界中を戦争に巻き込んだ日本軍を制したものは「原爆であったが、これに対して天皇は「戦いを続ければ日本民族の壊滅」は必須である。として「降伏宣言を出した」がこれに反抗した軍部は「天皇ために」という言葉など忘れたかのように「天皇の宣言」に抵抗をしている。従って当時兵士を鼓舞するための「天皇万歳」は、「天皇を利用したマインドコントローる言語」であったということがばれたではないか?これは、「八月十五日は終戦記念日ではなかった」という著書に「軍部の「天皇の降伏宣言」に対する反抗精神」が書いてある。地域の戦闘行為を世界が介入して治めるには、「当事者国」との話し合いをしなければならない。日本国も「軍部との話し合い」がないから、軍部が納得がいかず、反抗的になるのだろう。「素直に降伏した天皇は許されて、反抗した軍部は処刑されている」のは、罪を認めた者に対する「同情」である。「従って、解は「罪を認めれば、世界が同情する」という結論に至った。この結論を得るきっかけを与えてくれた陣内氏に感謝する


No.2526 (2015/11/22 18:27:52 (JST))  
[魚は、汚れた海には住まない。]
 海の中の環境保全会議を!  URL:

以前、蛍がたくさんいた川があったが、ある年、夏に見にったら全くいなかった。聞けば上流で河川工事をしているという。蛍はきれいな水を欲しがるから、上流から流れてくる水が汚れて流れてくるから、ここにはいられないのだ、とわかった。鮭も水のきれいな上流に上がってくるが、その前に、長い長い旅の途中に、一旦休むがそれは、湖だったり、湾内のきれいな浅瀬で休む。そして、また、川の上流へと一生懸命泳いでいく。石ころの多い所で産卵するが、水のきれいなところへ産むのだ。魚たちにとって産卵の条件は「きれいな海」でなければ産めないということである。一旦汚した川や海には魚は戻ってこない。きれいな所を求めて去っていくのであることを知らなければならないだろう。


No.2525 (2015/11/22 16:56:37 (JST))  
[テロ廃絶には思想革命が必須不可欠である]
 松岡竹童  URL:http://homepage1.bb-west.ne.jp/leimb/smaho/

スマホサイトで卒寿の洞察力による世界平和樹立策を論述。
http://homepage1.bb-west.ne.jp/leimb/smaho/


No.2524 (2015/11/21 15:16:03 (JST))  
[世界中に魚の通る道がある海を汚す政策では海の幸を失う]
 ホテイ魚のオスの人生  URL:

布袋さん似ている大きなお腹の魚がいて「布袋魚」というが、このオスは、産卵された魚の卵を返すという宿命を負っている。産卵された魚の傍で産卵するための「風」を口で「フーフー」と送って卵を揺らしている。ほかの魚にとられまいと目はきょろきょろ、口は「フーフー」と一生懸命である。それを毎日毎日一時も離れずにするから、「メタボ症候群」になって「布袋さんみたいにお腹が大きむなってしまったのだろう。運動不足である。そして、三ケ月後に産卵から孵化して稚魚になって出てくると「父親魚」は命が果ててしまう。これが「ホテイ魚」のオスの人生だ。産卵しても、これを育てるのに、他の魚に食べられまいと守る父親の姿は人間より崇高である。そして、この稚魚達は、「海の幸」として人間の食料として人生を終えるのだ。こういう海の生き物を大切にしない「海洋工事」などでは「海の幸」を失い「人間たちの食料を無くしてしまう」という「墓穴を掘る」結果となりかねない。「海」は育てなければ「膿」になる。だから、世界中の海を家々にしている魚の通る道をふさいではならないのである。


No.2523 (2015/11/21 14:24:44 (JST))  
[イスラム民族が絶滅してしまう戦闘はお互いに止めようー若者にマナー教育を]
 イスラム教の名誉のために  URL:

IS国の彼らの事を思って言えば、「真にイスラム教を思うなら、今の殺戮では、イスラム人が絶滅して、崇拝しているイスラム教の名誉に傷がつくよ」といいたいのである。キリストは本能が起こす罪の苦しみを救済してきたはずであり本能の戦いを禁じたはずだ。「キリストは貧困者や罪を起こした人の「苦しみを救済してきたお人である」のを「罪を許す人」と思い込んでいる若者たちが暴れているのである。そして、攻撃心理としては、真に正義感で攻撃するものは死の恐怖は無いだろう。しかし、自国が攻撃されることの恐怖心で、相手を攻撃するという本能が芽生える。そういうマインドコントロールをして、暴れさせている邪道な指導者達がいるのかもしれない。正義感で人を殺戮するという行為のそこには、何があるのか?自国民族を守るという事しかない。しかし、自国を守るために殺戮をするというのは、両方とも罪の繰り返しである。「罪は罪」であり、「善」ではない。大二次世界大戦の時の「東京裁判」で「アメリカ軍」が「日本軍の弁護」にたって弁論したがそれには「戦争において、殺戮は罪ではない。これが罪なら原爆投下は大罪ではないか」と殺戮を「罪」ではない、と軍部を抗議したが、判決は日本軍は「罪人」として処刑された。つまり、正当防衛でする攻撃は「罪ではない」という軍の行動規範があるということだ。しかし、これは、道徳や宗教から見ると「殺戮」は「罪」であり、「善」ではない。従って、「殺戮行為」をいかに「罪ではない」ということにしようかとすれば「正当防衛」とか、なんとかが付く。だから日本の先制攻撃が不利になったのである。つまり、どういう心情よりも、「法」が道徳観念より優先するということである。相手を理解する事と、罪を許す事とは次元が違う。相手を理解できるが、してきた罪は許せないということである。相手にとっては理解されたから、罪を容認されたと思い込む場合の方が多い。罪を起こそうと暴れているものは、自分たちの縄張りを守るために暴れているのであるから、理解されるより「死ぬまで暴れなければならない」と思い込んでいるのだ。停戦していても、暴れて来るではないか?彼らには国際ルールなどはない。彼らの事を思って言えば、「真にイスラム教を思うなら、今の殺戮では、イスラム人が絶滅して、崇拝しているイスラム教の名誉に傷がつくよ」といいたいのである。アメリカという国は、アメリカ大陸を自国として発展してきたピューリタンであるが、先住民の人らを大切にしている。後から入ってきた民族として、先住民族に礼を尽くしているからだ。中東ではこれが為されてない。各自の宗教が一番だと思っている。こういう国が欄rつしている場合は、各自の宗教を尊重することが大事ではないか?一番とか2番とかの争いtも言えるのでは、子供争いではないか?ISが許せないのは、女子供にまで、残虐な事をしているからである。イスラム教はもともと大らかで寛容などの国をも仲良くしようと丁寧なおもてなしをする宗教であるはずだ。それは、自分たちの尊厳が一番だと信じているからだ。ユダヤ人はイスラム人からできているが自分立ち寄り裕福でありるのに、先住民に礼を尽くさないというジレンマがあるのか、そのユダヤ人の裕福さを妬んでいるのだろう。しかも、他国が「自分たちイスラム人を迫害している」という扱いをするから、怒っているのだろう。まったく「勘違いから起こる闘争」か、あるいは「話し合いができない民族」かもしれない。相手が「話し合いができない民族」であれば、こちらから「話し合うきっかけ」を作るべきではないか?このままでは、「民族が絶滅してしまう」のではないか?それでISはいいのだろうか?戦前の「青年将校によるクーデター」で暗殺された「犬飼首相」は、銃を向けた将校に「話し合おう」と言った。その途端に銃口は犬飼首相の頭めがけて撃たれた。家族が駆けつけてきた時にも首相は「彼らを連れてきて、話し合おう」と死に際まで「対話」を言っていたという。「対話しようとする人間」を撃つなんて、これは異常心理である。冷静ではない。そして、青年将校たちは、軍部によって撲滅されてしまった。親の悲しみはいかんともしがたい。とかく「若い者」は「やっちまえ精神」が大せいである。この本能的精神を「理性的に変えるには、そんな時でも「本能で考えてはいけない」「感情よりもやることが「善」か「悪」かで考えるようにあるいは「それを「法」で定めているから、法と照らしあわせて考えるように「少年のころから、「自制心」を養う訓練教育」をするべきではないか?すべては若者の教育の在り様に問題があるのではないか?と思われるのである。貧困を克服するものも、この「理性と自制心」ではないか?


No.2522 (2015/11/21 12:53:57 (JST))  
[ある浄土真宗のお寺でのこと]
 陣内  URL:

昨夜は、知人の奥さんのお通夜で、いわゆる寺町というところに出向きました。

近所の浄土真宗のお寺の門の脇に、白墨の書がこう書かれていました。(意訳)

他人を説得することは難しい。
しかし、その際、自分の心はどうなっているのだろうか。
人間は理詰めでの説得には、なかなか心をひらこうとはしない。
そのためには、まず、自分が相手を理解し、相手を思いやり、心を開かなければならない。人間というものは、他人が自分のことを思ってくれているんだ、と得心して初めて、心を開き、人の話を聞こうと考えるものだ。

素朴な論理の話であったが、少し身に染みた。
ISを徹底的に潰さなければならない、テロの撲滅だ、とは世界中の人がいうことだが、事態がここまで来た原因を考えたことはあるか?
もはやISも殲滅したとしても、彼らのことは心には残る。
昨夜はフランスのマリでテロ事件が起きた、ということだが、フランス人は現地で長年、何をしてきたか?
黒人は豚以下に扱われてきたのではないか。
欧米各国が地震の歴史観で世界を語れる時代はそろそろ終わりにきているだろう。
和解のための行動は、まずそこからでてこなければならない。

で、TPPをアメリカはどう思っているのだろうか?
「アジアの成長をアメリカが取り込む」
オバマは繰り返し、そう述べている。
この言葉からは、やはり有色人種蔑視のにおいがする。
日本の外務省はいまだ四役日本文を公表しようとしない。
「添付文章合わせて、千ページあり、翻訳が間に合わない」
ということだが、今時、よほどの技術翻訳であっても、1日、2日で仕上がる分量だ。
どうして、そこまで国民をコケにするのか?
それとも、国民には見せられない文言でもあるのか?


No.2521 (2015/11/21 09:12:50 (JST))  
[宗教による政治事介入を許してはならないー「政教分離」憲法]
 憲法遵守義務を負う政治家の義務として  URL:

自民党が宗教まみれ?という事は以前にもここの情報で知らせてくれていたが、入閣人事にも介入していたとはしらなかった。そこまでなら、自民党は「宗教団体」と言わざるを得ないなあ。憲法では「政教分離」は明記してある。これに真っ向から反対しているのでは「宗教団体の、「国の乗っ取り」ではないか?宗教がなぜ政治と分離しなかればならないか、それは「その宗教の教義が国の教義になってしまう」からである。一宗教のやり方で国の規定が決まるとか政策が決まるというのでは「崇拝者主義」ということにもなってしまうではないか?ISは「キリストが一番嫌いな殺戮行為を繰り返しているでは、キリスト原理主義を利用して政権奪還を図っているに過ぎないから、世界が「間違っているよ」と成敗しているのだろう」真の宗教は「殺戮行為を禁じている」のだから、軍国主義者と宗教が結びつくのは、国を牛耳りたいためであろう。自民党が変貌したのは、単に宗教団体が入り込んだだけではない。宗教団体と軍国主義者達と両方に侵されているから、「憲法で禁止している政教分離」を平然としているのだろう。しかし、安倍総理は自分尾団体は「美しい日本」という経済団体で、日本会議にその団体が入っている。日本は旧軍人と軍国主義達が入り込んで国を牛耳っているということになる。こういう状況では、自民党が変貌したという感想は無理もない。これは、国民の大半が知っているからデモで反対したのだろう。戦国時代に「延暦寺僧兵」が強大になった時に「織田信長」が成敗したが、国を宗教が動かせばIS国のように規制された教義で政策し、国民の暮らしから自由と権利を奪う政治がなされるようになってくる。兵役義務化、女性慰安婦化などである。まるでIS化ではないか?今すでにそうなっているではないか?自衛隊の他国軍兵士化、専業主婦の在宅老人介護などの政策がそれを示唆している。安倍政権は「リベンジする時、軍国主義者達が後押しをしたのだろうから、「70年隠していた「武力行使党是」を持ち出したのだろう。自民党は「党是」が「改憲して武力行使」であるから、「日本国憲法を破壊し、自民党宗教の教義に憲法を変えようというもの」である。そして、政策の中身は「国民の権利を奪い、政権が主権を奪って、国民を自由に政権の「奴隷という道具にする」という目的ではないか?すでにそうなっているではないか?自衛隊員は自ら他国軍に参加したが、これは国会議員だけで決めたことではないか。自衛隊員自体は「憲法違反なのに」という疑問が残っているが、法よりも「国を守るため」という道徳に押されて「自分たちの権利を放棄している」状態なのである。こういう国民が、法の個人の権利を放棄させないようにと「日本国憲法が「政治家」をけん制しているのが「憲法99条」である。これを無視して強行可決した政府は、即ち「国民から権利を奪う目的集団」ということになるのではないか?この国の憲法は最高法規である。天皇にもましての放棄でこれを「天皇自体が発布している憲法」であり、何者も侵すことはできない。つまり、「武力行使党是を持ち出して軍国主義に変貌した自民党で政権は「何者も侵すことのできない天皇が発布した最高法規」を侵している「クーデターで政権である」という感想はあながち間違いではないようだ。「美しい日本」には「美しい心」が育たねばならぬ。政府を牛耳って暴利をむさぼろうとする集団は国のためにはならないのではないか?「国の一大事」であるから、お断りしなければならないだろう。ある国民が、「信教の自由」を言っているが、政治家という職業に宗教を持ち込んではならない。宗教人である前に「政治家」として職業既定の憲法99条「政治家、裁判官。公務員はこの日本国憲法を遵守する義務を負う」という職務規定を守らなければならない。この規定によれば、「政教分離」を守らなければならないということである。宗教による政治介入を許してはならないということになるのである。


No.2520 (2015/11/20 14:36:25 (JST))  
[何と、日本の大臣諸賢は宗教がとてもお好き]
 陣内  URL:

午前中、通院してきました。そこで待合室に置いてあった「週刊朝日」の古い号からの引用です。

現在の大臣や自民党役員などは、みなさん「神道連」や「日本会議」という、やや右よりの、戦前回帰をめざす団体にその多くが加入しているという。
その原因は
「入閣や抜擢人事における”踏絵”になっている」
そこでは、百田氏やJR東海・会長の葛西氏など、いかにも、という面々が講師に呼ばれた会合が頻繁に開かれているのだそうだが、その場の雰囲気は
「まるで戦前の家族の社交界のようだ」

宗教というものは、人間の思想信条の中でも、決してけがしてはならないものである。現在、ISのテロ事件のことで、ニュースは一杯だが、なにもかもをISのせいにしていて、よいものだろうか。
「盗人にも3分の理」
ではないか?

ましてや、ポストや昇進において宗教を踏絵にするとは、なんと破廉恥なことであろう。

私がほんの一時期、永田町に出入りしていた時期には、ほぼ全ての自民党議員が韓国の「統一教会」から資金援助を受けていた。
中でも、ひどかったのが石原慎太郎氏で、ご本人は元来「世界救世教」というやや綾資源な団体の信者だったが、真如苑をはじめとする、いくつもの教団に出入りしていて、はたしてこの人の信仰は何であろうか、と不思議に思ったものである。
竹下氏が総理総裁になったときには、たしか玉木とかいう「成長の家」からでた参議院議員が「新宗連」という信仰宗教が支援する議員を140人以上集めて、竹下に売り、その政権奪取に大きな力になった後継もあった。

もともと、「創価学会」というのは、宗教法人ではない団体だ。これは日蓮正宗という宗教団体の勉強会であるだけで、そのため、日蓮正宗との間では、長年法廷闘争も繰り広げられてきた。

宗教団体側は票と金を政治家に寄付し、政治家は宗教団体の脱税のもみ消しに奔走する。もしも、宗教団体側が適切な納税をなしておれば、消費税の10%分くらいは楽にでてくるはずだ。

日本とは宗教にいいかげんというか寛容なお国柄である。昔、駒澤大学の学長だった桜井徳太郎さんという人は、人の結婚式にいったら、なんと神主と巫女が出張してきていた、と話されていたが、有名ホテルにはキリスト教会まであるのだそうだ。

これを日本人の堕落と呼ぶか、活力の源泉と呼ぶべきか、私にはわからない。


No.2519 (2015/11/20 08:00:21 (JST))  
[費用対効果となるか「新幹線販売」]
 誰も言ってくれない自分の姿を辛口が教えるもの  URL:

政府は、新幹線をアメリカに売り出ししているが儲けになるかどうかはわからない。アメリカへの貢物になるかもしれないが、「日本の新幹線」が世界中を走れば、日本国民はうれしい。海外邦人の鼻も高いだろうし、何より海外邦人の喜ぶ顔が目に見えてくるからうれしい。が、しかし、とここから辛口が始まる。この新幹線一兆円を超すコストがかかる。国民の税金は注入されることになるから、国民はまた課税額が増えるか、サービス負担金が増えて生活が困窮する。そとづら亭主では外ばかりに金を使い込み、家庭は貧困ということになるのと同じだ。しかし、家庭から亭主に納税と言って金がわたっているから、ご主人様は家庭ということだ。家庭が亭主に納税金を投資しているのであるから、必ず家庭に大きな配当金がなければ、もう金は渡せない。渡した金を妾に貢ぐような亭主では「お払い箱」であり、他に稼ぎのいい亭主に乗り換えようかなあ、と家庭が決めなければならないだろう?ということになる。今まで海外に妾がいて家庭の金で通っていたのだから、いい思いをしたのではないか?この新幹線で大きな利益を得たかどうか?政府がやっている政策について「費用対効果」を検証すべきではないか?これも野党の仕事である。国民皆保険制度も与野党で守ってもらいたいものだ。政治の信用を落とすようなことにならないようにしなければならないだろう?安倍氏は経済がお得意だから、「経済だけやってればいいものを」と思う。辛口は、当人の勉強になっているのではないか?


No.2518 (2015/11/20 06:47:40 (JST))  
[国家権力の濫用ではないか?。。]
 安倍政権はやってはいけないことをやっている  URL:

安倍総理は、海外にいっては、「日本もやりますよ」と大見栄張って他国迎合主義的発言をして帰るが、どれも「国会」を通していない「独裁的海外公約」である。海外に行って勝手な約束をして帰らないように、海外では「国に帰って国民の意向を聞いてから決めます」という慎重な心得ができる総理でないとだめだ。TPPでも総理の「見栄張り発言」でこの国が動かされることになっている。この国はこの総理で海外に乗っ取られてにっちもさっちもいかなくなるのではないか?国民皆保険が無くなれば、医療費が払えない納税者が出てきて、金持ちしか病院にいけないというアメリカ式の医療制度になる。安倍総理は「皆保険制度は無くならない」といっているからといっても、「いう事とすることが違う安倍総理の他国迎合主義では信じられないから、自民党厚生部会がストライキしているのだろう。自民党は、国家権力濫用して「沖縄県を提訴」しているが、裁判費用は国民の税金であり、国民の税金を使って提訴するときは、国民に説明し同意を得なければ「自民党政府」が勝手にはできないだろう?「公金流用」となる。こういう「国家権力」が税金を払っている県の県民に対して「裁判提訴」する行為では今後沖縄県の税金は「国は使えない」ということになる。国民でも「思うようにならないと敵視する政府」では、他の県にも強硬政策で裁判にかけてやらせようとするに違いない。県民の意向を聞かない政府だからだ。混合診療も国民保険が効かない手術が出てくるから、保険料を納めても全割負担となる。国民から身ぐるみはぎ取ろうとする自民党安倍政権は「恐ろしい政権」ではないか?「100年安心保険制度」を作るといってきた自民党政府を選んできた国民にとっては大きな裏切り政党ではないか?不安心でストレス症候群になっている国民が多い。国民が生きられ無いようにする政府なんか政府といえるのか?「金持ち優遇」のこの政府では国民は選べないということだ。


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